スバラシネマex「風、薫る」“「看護」の黎明を描いたドラマが示した、一線を引くという真摯な態度”

スバラシネマex

評価:  8点

Story

明治18(1885)年、日本で初めて看護婦の養成所が誕生したのを皮切りに、次々と養成所が生まれた。そのうちの1つに、物語の主人公・一ノ瀬りんと大家直美は運命に誘われるように入所する。不運が重なり若くしてシングルマザーになった、りん。生まれてすぐ親に捨てられ、教会で保護されて育った直美。養成所に集った同級生たちは、それぞれに複雑な事情を抱えていた。手探りではじまった看護教育を受けながら、彼女たちは「看護とは何か?」「患者と向き合うとはどういうことか?」ということに向き合っていく。 Filmarksより

 

Review

主人公の一人、一ノ瀬りんは、父をコロリ(コレラ)で失った少女時代から、シングルマザーとして娘を育て上げるために看護の道を開拓し、邁進する人生を通じて、幾度も間違える。
それは、彼女が元来慈愛に満ち溢れた人間であった故のジレンマに起因すると同時に、「看護」という活動そのものが、正解が一つではなく、また変化し続けるものであったことを体現していたからだと思う。

これまでも、古今東西、看護婦・看護師を題材にしたドラマは数多く生み出されてきたけれど、“社会”における“看護”という概念そのものの誕生と周知を描いたこの朝ドラは、改めて「看護とは」という普遍の問いを描き出すと共に、現代社会にも直結するその必要性と価値、そして“生き方”を伝え続けていたと思う。

主人公の人生模様を通じた一種の職業モノとして、ドラマ全体のストーリーテリング自体はオーソドックスで王道的であったと言える。
ただ、朝ドラとしては異例の“Wヒロイン”を採用し、物語を綴ったことが、本作が目指したドラマ性を巧みに支えていた。

この朝ドラが、終始一貫して物語の根幹としてブレさせなかったテーマがあった。
それは、どの時代であっても、人生は、生きるということは、決して「綺麗事」ではすまされないという現実的な視座だった。

見上愛演じる一ノ瀬りんは、慈愛に溢れ、まさに旧来の“看護婦”のイメージと理想を体現するキャラクターとして基本的には描き出されていた。
ただし、りんは、患者をはじめ関わる人間に対して慈しみと愛を捨てきれないからこそ、ときに感情的に振れ、結果として“間違えて”しまう。

もし、りん一人が主人公としてこのドラマが展開していたならば、彼女の人間性に共感や同情を覚えたとしても、次第にその人生に同調することに疲弊し、敬遠してしまっていたかもしれない。
りんを含め、人間は決して聖人ではない。“天使のような人”は存在していたとしても、人間である以上、一方的に“奉仕”し続けることはできない。
したがって、「看護=奉仕」と捉えるならば、それは『職業』として成立しないということに繋がってしまう──。

そして必要となったのが、もう一人の主人公大家直美だったのだと思う。
上坂樹里が演じる大家直美という、りんと同様に優しさと慈しみを備えつつも、ときにドライで、人間や社会に対する不信と、ある種の臆病さを孕んだキャラクターを二人を並べて描くことで、本作はドラマとしての正しい“線引き”ができていた。

みなしごとして、一人で生き抜いてきた直美は、強かで狡猾。そんな彼女が、看護は奉仕のみによって支えられるべきではないと、断固として示し続けてきたことが、本作の根幹であり、「看護」の黎明を描いたこのドラマそのものの真摯さだったように思える。
また直美が、教会の無償の奉仕の中で支えられ育てられた存在であることも、このキャラクター性に説得力を持たせていたと思う。

旧態依然の“看護婦ドラマ”とは文字通り一線を画し、一貫してこの朝ドラからは、人の生死にまつわる分かりやすい感動やお涙頂戴は、意識的に廃されていた。
その結果として、主人公の二人も、必要以上にヒロイックには描き出されず、ウェットな演出表現も極力抑えられていたように思う。
それはまさに、社会において必要不可欠な「看護師」という“職業”が、決してそれに携わる人間の犠牲の上に成立するものであってはならないという、本作が最も明確に伝えたかったテーマだった。

最終週、二人の主人公は、最後の最後まで、“分からないこと”に向かい続け、悩み続ける。きっとこの“職業”に就いている以上、その苦悩から逃れられることはなかっただろう。
ただ、最終話の主人公たちの表情には、“分からないこと”に惑う頼りなさではなく、それらも受け入れた上で、次のフェーズに進みだそうとする強さが表れていた。

そして、彼女たちの姿は時空を超えて、「看護」に向かい続ける人たちに重ね合わせられる。その描写は、今この瞬間も看護師であり続けるすべての人たちに対する誠実な到達点だったと思えた。

 

Information

タイトル 風、薫る
製作年(放映期間) 2026/03/30 ~ 2026/09/25
製作国 日本
演出 佐々木善春
新田真三
松本仁志
橋本万葉
内田貴史
平峻輔
門脇陸
高橋実香
脚本 吉澤智子
佃良太
撮影
出演 見上愛
上坂樹里
佐野晶哉
生田絵梨花
古川雄大
菊池亜希子
平埜生成
中井友望
小林虎之介
藤原季節
三浦貴大
根岸季衣
アニャ・フロリス
エマ・ハワード
林裕太
研ナオコ
木越明
原嶋凛
猫背椿
飯尾和樹
内田慈
若林時英
森田甘路
東野絢香
英茉
瀧七海
相田翔子
村上穂乃佳
太田光
多部未華子
高嶋政宏
中村倫也
原田泰造
筒井道隆
水野美紀
坂東彌十郎
北村一輝
仲間由紀恵
鑑賞環境 TV(地上波)
評価 8点

 

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