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スバラシネマex「マンダロリアン(シーズン3)」“「表情」ではなく、「生き方」そのもので描きぬいた異色のヒーロー譚”

「マンダロリアン」がエンターテインメント作品として独創的だったのは、主人公がその素顔を晒さないことが基本的な“ルール”であり、それを作品世界の中で主人公自身が最優先の“信条”としていることだろう。
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スバラシネマex「ボバ・フェット/The Book of Boba Fett」“仮面の奥に隠されていた顔面力に敵も視聴者も引き付けられる”

正直なところ、私はSWファンではありつつも、それほど“敬虔”ではないので、旧三部作で敵対するハットに雇われた賞金稼ぎの一人として登場した“ボバ・フェット”というキャラクターに対しても、愛着はまったくなかった。なぜモブキャラに近い敵キャラがここまで人気で、単体のドラマシリーズまで製作されるのか、理解が及んでいなかった。
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スバラシネマex「マンダロリアン(シーズン2)」“時代劇と西部劇の融合と結実”

シーズン1を観た時点で、本作が日本の時代劇「子連れ狼」のオマージュであることは明らかだったけれど、シーズン2ではそこにアメリカの“西部劇”の要素が強く注ぎ込まれた印象を受けた。
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スバラシネマex「キャシアン・アンドー (シーズン2)」“曖昧な「正義」の境界線上の暗躍を描き出した前日譚の前日譚”

2シーズンに渡った“前日譚”の“前日譚”は、主人公キャシアン・アンドーが、もたらされた「情報」の手がかりを得るために再び基地を出発するという、あまりにも地味で、飾り気のないシーンで完結した。そのあまりにも潔い終幕に、思わず呆気なさを感じてしまうと同時に、深い納得感と感慨が生じていることに気づいた。
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スバラシネマex「ばけばけ」“ウラメシな旅路の先の他愛もないスバラシな日々”

放映終了からほぼ一ヶ月が経過した。見逃していたというよりも、敢えて据え置いていたスピンオフの4話を鑑賞し、その流れのまま本編最終週を観返した。4月下旬の日曜日、早く起きたその朝に、改めてむせび泣いた。
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スバラシネマex「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺~」“誇り高く戯け続けた者たちへ、改めてあの言葉で感謝を捧げる”

半年間の遅れを巻き返して、何とか全話を2025年内に観終えることができた今、思うことは、やはり現代のエンタメ好きの一人として、このドラマを避けることは出来なかったし、もしあのままスルーしてしまっていたならば、それは自覚のない不幸を背負うことだったとすら思う。
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スバラシネマex「あんぱん」“アンバランスなドラマ紡ぎ出した、完全無欠ではないヒーロー誕生の物語”

とても振れ幅の大きいドラマだったと思う。様々な側面において、見応えのある朝ドラであったことは間違いない。ただその大きな振れ幅故に、作品全体のテンションの浮き沈みや、登場人物たちの言動において、アンバランスさを感じてしまったことも否めない。
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スバラシネマex「デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション <アニメシリーズ>」“愛しき日々 バイバイ またどこかで”

原作者浅野いにおによって、このアニメシリーズのために書き下ろされた主題歌「SHINSEKAIより」のセンテンスが延々と頭を巡り、何か覚醒めいたものを呼び起こした。
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スバラシネマex「おむすび」“ヒロイン不在を支えた二人の女性像”

ほぼ全話をリアルタイムで見届けて、最終話を見終えたときの率直な印象は、「中途半端なドラマだったな」ということだった。
「朝ドラとはこういうもの」と言われれば確かにそうかもしれないと思うと同時に、もう少し何とかならなかったか、いや、何とかできたはずだという口惜しさが終始残るドラマだった。
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スバラシネマex「キャシアン・アンドー」(シーズン1)“今この世界で最も重要な「決意」をひたすらに描く渋すぎるSWドラマ”

混迷する世界は今、強権で傲慢な政治の支配力が日に日に強まっている。世界の権力者たちは、大衆の生活苦や格差を狡猾に利用し、私たちの“足元”を縛り付けることで、選択の余地を狭め、判断する気力を削ぎ、彼らの「正義」へとコントロールしている。
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