スバラシネマex「ばけばけ」“ウラメシな旅路の先の他愛もないスバラシな日々”

スバラシネマReview

評価:  10点

Story

ある夜、トキは向かい合って座るヘブンに『耳なし芳一』を語り聞かせている。続けてトキは、トキ自身の話を始めるのだった。 公式サイトより

 

Review

放映終了からほぼ一ヶ月が経過した。
見逃していたというよりも、敢えて据え置いていたスピンオフの4話を鑑賞し、その流れのまま本編最終週を観返した。4月下旬の日曜日、早く起きたその朝に、改めてむせび泣いた。
最終話、ただ一つの他愛もない思い出により、後悔に覆い尽くされた深い悲しみが、多幸感に転じる数分間のシークエンスに、このドラマ世界の真髄と、普遍的な人生の機微が泉のように溢れ出ていた。

涙を拭い、このレビューに向き合う。毎朝の15分間、いつものように朝ドラを観続けただけのことだけれど、私の中でようやく「ばけばけ」を巡る旅が、終着を迎えたような感慨を覚えている。
自分が日々体感していた以上に、この作品が特別なものであったことが、染み入るように分かった。

2020年から6年間に渡って朝ドラをリアタイで観続けているけれど、本作はその中でも“異質”な作品として記憶に残るだろう。
その異質さは、オープニングクレジットからも明らかだ。写真家の川島小鳥による美しいスチール写真と、極端に小さなフォントサイズで画面構成されたクレジットが、夫婦デュオ・ハンバート ハンバートの静かで素朴な主題歌と共に流れる。
良く言えば叙情的、ただ一見すると極めて地味。それは、その後に繰り広げられる本編とも統一された、この作品の研ぎ澄まされたコンセプトであった。

明治初頭の松江を舞台にした静かで美しい空気感の中で、決して華美ではない登場人物たちの朴訥とした人生模様が淡々と、ゆっくりと描き出されていく。おそらく、話のプロットだけを並べてみたならば、とてもじゃないけれど「面白そう」とは思えないだろう。
けれど、登場人物たちの人間的な豊かさが、一話一話に折り重ねられ、私たち視聴者ごとその空気感の中に包み込むように作品世界が創り上げられていた。

ドラマの序盤で描き出される主人公トキの生い立ちは、決して恵まれた境遇ではなく、父母祖父との4人の暮らしは不憫であり、不幸と言っても過言ではなかった。
しかしそこに、視聴者の朝の時間の負担になるような重苦しさはまるでなかった。
彼らの生活、そして人生に“恨み節”はつきない。けれど、そこにはそこはかとない“可笑しみ”が常に共存している。それを生み出す作劇の台詞回しと、俳優たちの表現が、終始一貫して素晴らしかった。

何と言っても、第一話から最終話までこのドラマの愛すべき恨みと可笑しさを会話劇によって表現し続けた、“松野家”の面々が尊い。
ヒロインを体現する髙石あかりを中心に、彼女を守り、慈しみ続ける両親を演じた池脇千鶴と岡部たかし、そして祖父役の小日向文世。あまりにも狭小で粗末な長屋を舞台に描き出されたこの家族の慈愛こそが、本作の根幹でもあり、主人公の人生を通した拠り所でもあった。
そしてその慈愛は、最終話、池脇千鶴演じる母フミの「他愛もないスバラシな毎日だっただない」という救いの言葉に結実する。

そんな俳優陣が息づくこのドラマの空間美も素晴らしい。
前述の不幸と慈愛の象徴として映し出された長屋や、ヘブンの転居と共に変遷した武家屋敷はもちろん、花田旅館や山橋薬舗、リテラシーアシスタント錦織の書斎に至るまで、作り込まれたセットによる空間のすべてに明確な意図と、愛情が込められていた。

特筆すべきは、日本家屋の構造的特徴が、人物の感情表現にまで活かされていたことだ。
長屋の狭さによる家族同士の一体感、薄い壁や襖で隔たれた相手への理解の深度、窓枠の中に収まる二人の信頼感。
屋内での会話劇が主体のこのドラマ世界においては、セットや小道具の一つひとつにも感情が表現されていたと思う。

 

本作を表すキーワードとしてあまり相応しくないかもしれないけれど、「ばけばけ」は“レッテル”に纏わる話だったのではないかと感じる。

主人公のトキ、そしてその伴侶として連れ添ったヘブン、この二人が辿った人生には、様々な側面からのレッテルが常に付き纏う。
身分や人種、慣習や文化、時代や社会制度に付随する人々の価値観や偏見──、他者から貼り付けられたレッテルによって、二人はときに悲しみ、ときに苦しみ、ときに憤る。
それは、この日本という国の美しさと表裏一体に存在し続ける“生きづらさ”そのものだと言えるかもしれない。
トミー・バストウ演じるレフカダ・ヘブンという日本を愛した異邦人の視点も通じて、このドラマの中で映し出されたものは、対外的な視界から見えるこの国の稀有な素晴らしさと同時に、その社会の中で生きるからこそ見ざるを得ない普遍的な愚かさでもあった。

それは、ヘブンの言葉を借りればまさしく「ジゴク」。

愛した日本の文化と社会に染まり、待望の日本人になったことで、ヘブンもとい“八雲”の視界が一転する物語後半のシークエンスは、切なくて厳しいものだったけれど、ドラマとして真摯で、白眉だった。(その様を見守る吉沢亮演じる錦織の視座も含めて)

トキにとっても、ヘブンにとっても、彼らを支えた家族や友人にとっても、この世は常に恨めしく、生きづらい。そしてきっとそれは、今現在この世界を生きる私たちにおいても変わらないことだろう。
でも、“ウラメシ”な思いを携えながらも、思わず見過ごしてしまうほどの小さく他愛もない幸せを積み重ね続けたトキとヘブンの姿は、この“ジゴク”のような世界を生きるすべての人にとって、倣うべき姿勢だったのだと思う。

辛くとも、悔しくとも、毎夜怪談を語り、聴く日々。何も代え難いその束の間は、永遠に続くランデブーであった。
その二人の心象風景を、第一話のはじまりと、最終話のラストシーンで包み込んだこのドラマの構成があまりにも愛おしく、スバラシだった。

本作の最終週を迎える前の3月下旬の連休に、私は家族と松江へ旅行に行った。
トキとヘブンの人生、そして神話と怪談の息吹を感じながら、かつて彼らが暮らした街並みを散策した。
中学2年生と小学5年生の娘と息子は、互いに「キライ」「ムカツク」と小競り合いばかりしているけれど、ふと見ると姉が弟の手を引いて歩いていた。
私はそのさまを、カメラのファインダーに収めつつ、多幸感に包まれた。

きっとこんな他愛もない一つひとつのシーンが、人生においては最も大切なことなのだろう。このドラマのたなびく余韻を自分自身の生活とも重ね合わせつつ、むせび泣くトキの姿を思い出しながら、また涙が溢れてきた。

 

Information

タイトル ばけばけ
製作年(放映期間) 2025/09/29 ~ 2026/03/27
製作国 日本
演出 村橋直樹
泉並敬眞
松岡一史
小島東洋
小林直毅
脚本 ふじきみつ彦
撮影
出演 髙石あかり
トミー・バストウ
池脇千鶴
岡部たかし
小日向文世
吉沢亮
堤真一
北川景子
円井わん
板垣李光人
寛一郎
さとうほなみ
岩谷健司
前原瑞樹
野内まる
岩崎う大
北香那
柄本時生
杉田雷麟
日高由起刀
夏目透羽
濱正悟
池谷のぶえ
佐野史郎
生瀬勝久
シャーロット・ケイト・フォックス
福地美晴
鑑賞環境 地上波放送
評価 10点

 

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