
評価: 7点
Story
1960年代、人種差別がはびこっていたアメリカ・ミシシッピ州の田舎町を舞台に、白人女性と黒人女性の友情が変化を起こす様子を描いたベストセラー小説を映画化した人間ドラマ。主演をエマ・ストーンが務める。 Filmarksより
Review
想像していた以上に、“バランス感覚”に苦慮した映画なのだろうと感じた。製作陣はもちろん、我々観客側においても、この作品に対峙する姿勢や思想をどう保つかによって、本作がもたらす価値は大いに揺らぐ。
個人的な結論を言うと、そういう平衡感覚の不安定さが、鑑賞中及び鑑賞後の小さな違和感として生じ、時間が経つにつれそれが徐々に確実に膨らんできた印象は拭えない。
無論、観るべき価値はある映画だったけれど、構造的な欠陥を持つ作品であることも否めない。
公開当時から当然認識し、長らく観よう観ようと思っていた本作。映像表現的な進化が激しいアクション映画やSF、ネタバレが心配なサスペンスやホラー映画と異なり、ある意味“劣化”の少ないことが想定されるこの手のドラマ映画は、一度タイミングを逃してしまうと、なかなか自分の中で機会を得ることが難しい。
改めて本作の公開年を確認すると2011年。わりと最近の作品という認識だったが、15年も経過してしまっていたことに勝手に驚く。
ただ、この15年という期間が、この作品の価値や問題点を見定める上で、“意味”を持っていたように思える──。
1960年代のアメリカ南部ミシシッピ州の田舎町を舞台にして、“雇い主”である白人女性と、“家政婦”の黒人女性との関係性と、人種差別をテーマにした本作。
コメディを主体として、当時の社会背景と人々の価値観、今なお残り続ける人種差別の問題意識を織り交ぜた作品姿勢そのものは、高い価値があり、映画作品としてのスタンスも明確だったと思う。
しかし、現実的で根深い黒人差別の実情と歴史を、コメディ映画の中で描き出すという試みは、当然ながら極めてセンシティブであり、困難なことである。
本作は、その極めて高度なバランス感覚が求められる“綱渡り”を、何とか渡りきってはいるけれど、渡り終えたその綱は大きく波打ち、決して見栄えが良いものではなかったと思う。
“違和感”の根源にあったものは、「視点」の取り扱いと、それが分散してしまっていることではないかと感じる。
本作が描き出したかったこと自体は明確だ。それは前述の通り白人女性と黒人女性の関係性そのものや、60年代当時における田舎町の悪しき差別意識と社会制度。その中においても、特に白人富裕層の一般家庭における、“奥様”と“メイド”の人間関係に対象を絞り、そこに巣食う闇と、一抹の光をあらわそうとしたことは理解できるし、大筋においてはその試みは成功していると言っていいだろう。
でも、描き出された群像のエピソードがとても断片的に見え、ストーリーの連動性や、登場人物たちの言動の一貫性において、疑問符がつきまとってしまった。
描き出され、映し出されるシーンの一つひとつはとてもドラマティックで印象深いものが多いのだけれど、本作の中でそれらが上手く連なっておらず、描き出そうとしている“関係性”のドラマが、時にとても希薄に映ってしまったことは否定できない。
また、本作のストーリーテリングは、エマ・ストーン演じる若い作家志望の白人女性スキーターが、ヴィオラ・デイヴィス演じるエイビリーンをはじめとする家政婦を生業とした黒人女性たちから「証言」を汲み取る形で進められるけれど、その「視点」の位置が曖昧だったのだと思う。
本作に対する否定的意見の多くからも見受けられる通り、やはり黒人女性側の視点とそれに伴う正しく踏み込んだ描写があってしかるべきだったのだろう。あくまでも“証言ベース”のストーリーテリングからは、彼女たちがそのルーツを通じて味わわされてきた屈辱と悲痛が、類型的に見え、矮小化されていることを否めない。
コメディという映画的スタンスである以上、そういった具体的なシーンを避けざるを得なかったことも理解できるけれど、少なくとも主人公の一人であるエイビリーンの息子の死と彼女の絶望はシーンとして映し出されるべきだったのではないかと思う。
逆に白人女性視点で描き出すのであればそれでも良かった。本作の場合、その方が構造的にはシンプルに纏まっていたかも知れない。
スキーターを野心と後悔を携えた“当事者”として深掘りし、「執筆」を通じて、自分自身の振る舞いや生まれ育った環境の愚かさを見つめ直し、変えていく様をもっとヒロイックに描き出せれば、それはそれでドラマ性が深まったように思う。
しかし、本作においては彼女のキャラクター性においても、描き方が類型的であり、表現すべき人物像の本質を導き出せていなかったのではないかと感じる。結果として、彼女が起こした行動はとても利己的で無責任なものに見えてしまった。
主人公としての「視点」を、白人女性のスキーターと黒人女性のエイビリーンに分散させずに、どちらかの目線で、見てきたもの、見えてきたものを描き出すべきだったのではないかと思う。
やや脱線するが、名作「ショーシャンクの空に」のように、モーガン・フリーマン演じる黒人囚人の視点から、ティム・ロビンス演じる白人囚人の人間性と英雄的行動を語り、その上で自らが新しい世界に踏み出すというようなストーリーテリングを本作も踏襲していたならば、ラストシーンのエイビリーンの歩みはもっと感動的な名シーンになっていたのではないかと想像する。
一方で、新旧の名女優たちが織りなすアンサンブルは総じて素晴らしい。主演の二人以外にも、俳優陣はみな印象的な演技を見せてくれる。
オクタヴィア・スペンサーは勇敢で豪胆な黒人女性像を体現しているし、ジェシカ・チャスティン演じる天然だけれど慈愛に溢れる白人女性像も素晴らしかった。この二人の“関係性”だけでも別の映画が出来上がるほどのドラマ性を孕んでいたと思う。
そして、悪役としてキャラクターを貫き通したブライス・ダラス・ハワードの存在感も光っていた。
それ故に、本作で素晴らしい演技を見せた俳優たちの一部からも、この映画に対する否定的なコメントが散見されていることが残念でならない。
私が、15年間の期間を空けて本作を鑑賞した理由は、本作のエマ・ストーンを観ておかなければと思ったからだった。
2026年現在において、5度のアカデミー賞ノミネート、そして2度の主演女優賞を受賞した彼女は、今やトップ・オブ・トップの映画俳優と言って過言ではないし、私を含めて世界中の映画ファンを虜にする映画人だろう。彼女のファンの一人として、本作を見過ごしたままなのはまずいと思ったのが鑑賞のきっかけだった。
主演女優の一人として、本作のエマ・ストーンは勿論好演しているけれど、当時20代前半の彼女からは、当然ながら若さと粗さを感じる部分があった。
現在の名女優である彼女の初々しさは否定すべきものではないだろうけれど、もし今現在のエマ・ストーンが本作に関わっていたならば、この映画はもっと良い意味でえげつなくて、もっと面白い映画になっていただろうなと想像してしまう。
それが、15年後に観たからこそ生じた、本作の物足りなさに対する最たる要因かもしれない。
Information
| タイトル | ヘルプ ~心がつなぐストーリー~ THE HELP |
| 製作年 | 2011年 |
| 製作国 | アメリカ |
| 監督 | テイト・テイラー |
| 脚本 | テイト・テイラー |
| 撮影 | スティーヴン・ゴールドブラット |
| 出演 | エマ・ストーン |
| ヴィオラ・デイヴィス | |
| オクタヴィア・スペンサー | |
| ブライス・ダラス・ハワード | |
| ジェシカ・チャステイン | |
| アリソン・ジャネイ | |
| シシー・スペイセク | |
| シシリー・タイソン | |
| メアリー・スティーンバージェン | |
| アナ・オライリー | |
| アンナ・キャンプ | |
| クリス・ローウェル | |
| マイク・ヴォーゲル | |
| ブライアン・カーウィン | |
| ウェス・チャサム | |
| アーンジャニュー・エリス | |
| テッド・ウェルチ | |
| シェーン・マクレー | |
| ロズリン・ラフ | |
| 鑑賞環境 | Web配信(Disney+・字幕) |
| 評価 | 7点 |

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