「オデュッセイア」“神話を絵空事として描き出すわけにはいかなかった警鐘の轟音”

2026☆Brand new Movies

評価:  9点

Story

トロイア戦争の終結後、イタケの王、オデュッセウスは、家族の待つ故郷へ帰還を目指す。しかし彼の前には、神々の介入、怪物、そして荒れ狂う海など容赦ない試練が立ちはだかる──。 Filmarksより

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Review

クリストファー・ノーランが、この最新作で映し出したものは、己の正義を盲信した“或る英雄”がもたらした功績と罪悪。そのアンビバレントな境界線上で彷徨い続けた男の苦悩だった。

この古来、連綿と語り継がれてきた物語を、今、最新にして最高の渾身の映像表現で描き出した意味はなんだったか。
それは、戦争に「正義」など存在しない──という、あまりにも普遍的な教訓だったように思える。

今現在もなお、この世界のあちらこちらで人間は争い、己の「正義」の名のもとに、血を流し、涙を流し、倫理観を掻き捨てるように、愚かな蛮行を繰り返している。
この映画は、遥か遠い“魔法のような時代”に遡り、圧倒的なスペクタクルと“轟音”と共に、その侘びしく風化したような事実と教訓を、一転して淡々と伝えてきたように感じた。

本作の冒頭、かの有名な“トロイの木馬”が、暗い浜辺に打ち捨てられるように佇んでいる。その様は、まるで巨大な“墓標”のようにも見えた。
神話や、伝説の中で、このトロイの木馬による奇襲は、英雄譚におけるハイライトの一つとして伝えられることも多いけれど、本作ではその“内部”の悪臭立ち込める地獄絵図も含めて、業苦の象徴として映し出されていた。

主人公オデュッセウスが発案し指揮したこの“木馬”こそが、“理(ことわり)”の逸脱と破壊の発端であり、彼の業苦の始まりだったのだろう。
長く凄惨な戦争を終わらせるために、英雄が選び取ったものは、まさに“禁断の果実”だった。それは、同監督の前作「オッペンハイマー」にも通じる人類の“禁忌”だったように思える。

クリストファー・ノーランが、前作から引き続いて描きぬいたのは、一人の人間の深い悔恨と、人類全体の愚かさ。そして時の流れとともに風化し、繰り返される蛮行に対しての闇深い虚無感だった。
ラストシーン、オデュッセウスは、遙か先の未来を見据えるように、その繰り返されるであろう人類の愚かさを予見して、その発端となった自分自身を追放しているようにも見えた。

一つ目の巨人、兵士を豚にする魔女、冥府の世界や、数々の怪物たち──。
理を破った英雄の業苦の旅路が、現実と異世界の境界線上で繰り広げられる。
その一つひとつのシーンはもちろん非現実的なものであるはずだけれど、クリストファー・ノーランの偏執的なまでの実写表現へのこだわりが、その境界線をぼかし、圧倒的な切迫感を生み出している。
そこには、この神話を“絵空事”として片付けられない、今この瞬間の現実世界に対する危機感が存在していた。

今この世界の全人類に向けた“警鐘”が、映画世界を織り成す響き渡る轟音と共に、重くのしかかり、思わず力を込め続ける3時間だった。

 

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Information

タイトル オデュッセイア THE ODYSSEY
製作年 2026年
製作国 アメリカ
監督 クリストファー・ノーラン
脚本 クリストファー・ノーラン
撮影 ホイテ・ヴァン・ホイテマ
出演 マット・デイモン
トム・ホランド
アン・ハサウェイ
ロバート・パティンソン
ルピタ・ニョンゴ
サマンサ・モートン
ジョン・レグイザモ
エリオット・ペイジ
ゼンデイヤ
シャーリーズ・セロン
ジョン・バーンサル
ヒメーシュ・パテル
ビル・アーウィン
ベニー・サフディ
ミア・ゴス
ライアン・ハースト
ジェームズ・レマー
コーリー・ホーキンズ
エリス・ガベル
鑑賞環境 映画館(IMAX・字幕)
評価 9点

 

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