「灼熱の魂」“怒りの連鎖に自ら踏み入った母親の、真の罪と罰”

2026☆Brand new Movies

評価:  8点

Story

それはあまりにも突然で奇妙な出来事だった。双子姉弟ジャンヌとシモンの母親ナワルが、ある日プールサイドで原因不明の放心状態に陥り、息絶えたのだ。さらに姉弟を驚かせたのは、ナワルを長年秘書として雇っていた公証人のルベルが読み上げた遺言だった。ルベルはナワルから預かっていた二通の手紙を差し出す。それは姉弟の父親、兄それぞれに宛てられたもので、今どこにいるのか分からない彼らを捜し、その手紙を渡す事が、母の遺言だった。しかし兄の存在など初耳で、父はとうの昔に死んだと思い込んでいた姉弟は困惑を隠せない。シモンは母の遺言を「イカれてる!」と吐き捨てるが、ジャンヌは遺言の真意を知る為に、母の祖国を訪ねる事を決意する。いったいその手紙には何が記されているのか?そして母が命を賭して、姉弟に伝えたかった真実とは…。 Filmarksより

 

Review

ドゥニ・ヴィルヌーブ監督は、現在地点で世界最高峰の映画監督であり、映画芸術の最新地点を更新し続けている。
2010年の本作は、彼のフィルモグラフィーにおいては、初期作と位置づけられる作品であろう。初期作でありながらも、ドゥニ・ヴィルヌーブ監督らしい映像と音響の「質」の高さが、崇高なまでに響き合い、共鳴し合っていた。
品質の高い映画に巡り合うと、その冒頭1〜2シーンの時点でそのクオリティの高さが滲み出ているものだが、本作の場合もまさしくその通りだった。

冒頭で映し出される、中東の何かしらの武装組織に集められた子どもたちが、恐怖と沈痛、そして諦観が入り混じった表情のまま頭を丸刈りにされる。
その中の一人の少年の眼差しが極めて印象的に映し出される最初のシーンを観た時点で、「ああ、これは一筋縄ではいかない映画だ」ということは容易に理解できた。

結果として本作は、その冒頭の所感の通り、映画作品として極めて上質で、非の打ち所がない傑作だと言えるだろう。
2010年の作品であるが、描き出される事の顛末と起因する様々な国際的な事象は、2026年の今現在においても大きく変わるものではない。その変わらない世界の愚かしさ、その悲痛も、本作は雄弁に物語っている。
中東諸国に限らず、相変わらず世界は憎しみと怒りの“螺旋”を断ち切れず、絶え間なく暴力による報復を相互に繰り返している。そして、その中で最も責任がなくただその煽りを受け続けているのは、いつの時代も子どもたちであろう。
世界各地の横暴な権力者の差配一つで、暴力による利潤の獲得がもはや正義だと言わんばかりの強硬が立て続けに巻き起こっている。そんな今の世界にこそ、本作の存在価値はまた新たに大きく光を放つだろう。
そのことはまず断言しておきたい。

ただし、この映画が描き出す物語自体に対して、私個人の価値観は、行き場を見失い、困惑してしまったことは否めない。
もっと端的に言ってしまえば、私はこの物語が辿り着いた終着点において、「納得」がいかなかった。そして、本作のテーマそのものへの是非に対して逡巡が尽きなかった。

キーパーソンであり、主人公でもある母親が死の間際に残した“手紙”から本作の壮大な物語は始まる。意味深長で不可解な二通の手紙を託された双子の姉弟は、大いに困惑しながらも、母親のルーツを辿る旅路に就く──。
その旅路は、ずっと理解できぬままにいた母親の人間性や、よく分かっていなかった自分たち自身のアイデンティティを明確にするうえで、必要なものだったのかもしれない。

だがしかし、厳しい旅路の果てで待ち受けていた真実と、真相は、あまりにも過酷で常軌を逸したものだった。本当に、この真実を知ることが、遺された双子にとって必要なことだったのか、それは若い彼らに課すべきものだったのか、懐疑的にならずにいられなかった。

本作のラストのシークエンスにおいては、すべてが明らかになった後の双子の姉弟は、呼吸が止まるほどの衝撃を受けつつも、最終的にはどこか憑き物が落ちたような晴れ晴れとした雰囲気を出してはいた。
けれど、実際のところ、あれほど苛烈な事実を突きつけられた時点で、それは新たなトラウマとなり、彼らの人生に闇深く残り続けてしまうのではないかと思えてならない。

それを踏まえると、この母親は、やはりどこかの時点で心が歪み続けていたと思わざるを得ない。おそらくは、あの“バスの虐殺”を目の当たりにして、自分ひとり生き延びてしまった時点で、彼女の人間性は破綻してしまっていたのではないか。

映画のラストで新たに姉弟に渡された手紙の中で、母親は、「あなたたちのおかげで、怒りの連鎖が断ち切られた」と言うけれど、果たして本当にそうだろうか。
彼女の人生は、あまりにも悲痛で過酷であり、それが人間世界全体の愚かさに巻き込まれたものであることは同情の極みであるけれど、それでも、彼女の人生を通じた決断と判断が、忌まわしい呪縛を生み出してしまったことも明らかだろう。

その呪縛は、結果的に、新しい時代と環境を生きる“3人”の子どもたちにも受け継がれてしまった。母親自身にそんな思惑は微塵も無かったのだろうけれど、それはやはり、あまりにも悲しく、酷い、自らの人生に対するある種の“報復行為”だったのではないか。
この永劫の呪縛こそが、暴力の連鎖に自ら踏み入ってしまった母親の真の罪と罰だったのかもしれない。

 

「メッセージ」<10点>
人類が、“ただなんとなく”明確な「希望」を見い出せなくなって久しい。つい昨日も、英国でまたテロ事件が起きた。不安と脅威に怯え、「対話」する勇気を持つことが出来ない愚か者たちによる蛮行が後を絶たない。時の流れに縛り付けられ、今この瞬間にも訪れ…more

 

Information

タイトル  灼熱の魂 INCENDIES
製作年 2010年
製作国 カナダ/フランス
監督 ドゥニ・ヴィルヌーヴ
脚本 ドゥニ・ヴィルヌーヴ
撮影 アンドレ・チュルパン
出演 ルブナ・アザバル
メリッサ・デゾルモー=プーラン
マキシム・ゴーデット
レミー・ジラール
鑑賞環境
評価

 

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