
評価: 8点
Story
鬼となった妹・禰󠄀豆子を人間に戻すため鬼狩りの組織《鬼殺隊》に入った竈門炭治郎。 入隊後、仲間である我妻善逸、嘴平伊之助と共に様々な鬼と戦い、成長しながら友情や絆を深めていく。そして炭治郎は《鬼殺隊》最高位の剣士である《柱》と共に戦い、「無限列車」では炎柱・煉󠄁獄杏寿郎、「遊郭」では音柱・宇髄天元、「刀鍛冶の里」では、霞柱・時透無一郎、恋柱・甘露寺蜜璃と共に激闘を繰り広げていった。 その後、来たる鬼との決戦に備えて、隊士たちと共に《柱》による合同強化訓練《柱稽古》に挑んでいる最中、《鬼殺隊》の本部である産屋敷邸に現れた鬼舞辻󠄀無惨。お館様の危機に駆けつけた《柱》たちと炭治郎であったが、無惨の手によって謎の空間へと落とされてしまう。 炭治郎たちが落下した先、それは鬼の根城≪無限城≫― ”鬼殺隊”と”鬼”の最終決戦の火蓋が切って落とされる。 Filmarksより
『劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来』本予告劇場版「鬼滅の刃」無限城編 第一章 猗窩座再来2025年7月18日(金)公開『宴の時間だ』【スタッフ】原作:吾峠呼世晴(集英社ジャンプ コミックス刊)監督:外崎春雄キャラクターデザイン・総作画監督:松島 晃脚本制作:ufotableサブキャ…more
Review
圧倒的な空間美と様式美、そして、人なるもの、鬼なるものに共通する世の無常と無情。
その世界観は、まるで歌舞伎のように普遍的な美意識と、人間模様に彩られ、一つ超越したクリエイティブに到達していたようにすら感じる。
「鬼滅の刃」というコンテンツに対して、それほど深く傾倒しているわけではなく、子を持つ親の一人として、子どもたちと共に楽しんできた程度の比較的ライトなファンであっても、155分という長尺に没頭し、高揚したことは否定できない。
原作漫画は、「無限列車編」が公開された5年前に全巻読破しており、物語の顛末は熟知していた。
ただ、最終決戦である“無限城”での顛末を漫画世界で堪能していたからこそ、「これはアニメ化されたら更に凄いことになりそうだ」と、映画化への期待感が増幅していたことも確かだった。
5年という月日は決して短くなく、「待ちわびた」という思いを越えて、期待感そのものが消え去ってしまっていたことも事実だった。
5年前に、小学三年生と幼稚園年長だった姉弟は、中学二年生と小学5年生なっている至極当然の事実からも、その年月が短くないことを感じさせる。
それでも、5年前と同様に、親子3人を、公開初週にちゃんと劇場に足を運ばせる本作の“コンテンツ力”は、率直に凄いと思える。
地方の映画館においても、尋常じゃないスクリーン数を展開し、席を満たし、公開3日間で前作を超える55億円を突破してみせたことは、クリエイティブにおける「正義」にほかならない。
そしてその「正義」は、本作のクリエーションにおいても揺るぎなかったと思う。
5年という年月は、決してただ先延ばしにされたものではなく、消費された時間に相応しい創作物としての進化に溢れていた。
アニメーションのクオリティは、前作時点で凄く高いものだったけれど、その後のアニメシリーズも経て、まさに“爆上がり”している。
「無限城」という圧倒的異空間をどのように表現するのか、表現し得るのかが、本作の映画化における最大の肝だったと思うが、本作のクリエイティブチームはその難関をほぼ「完璧」に表現してみせた。主人公・竈門炭治郎や柱たちが、突如としてあの異空間に落とし込まれたと同時に、観客は問答無用に本作の映画世界に引きずり込まれたと言っていいだろう。
そうして繰り広げられる膨大なアニメーション的物量。
それなりにアニメ映画もたくさん見てきたつもりだけれど、その創作物としての“物量”をこれほどダイレクトに感じたのは稀だった。
ひたすらに展開されるバトルシーンと、この世界観特有のモノローグの連続は、ときに冗長に感じてしまうことは否定できない。それは本作のアニメシリーズを通じて感じる難点でもある。
だがしかし、もはやその冗長さやテンポの悪さすらも、「鬼滅の刃」という世界観を構築するための様式美のように感じられてきた。
冒頭にも記した通り、それは歌舞伎や、能、浄瑠璃、この国の伝統的なコンテンツに通じるある種の“美意識”なのかもしれない。
タイトルにも堂々と冠されている通り、この“第一章”は、上弦の鬼の一人“猗窩座”の狂気と悲哀の物語だった。
「鬼滅の刃」は、人間と鬼の累々たる闘いを描いたストーリーであるけれど、人間と鬼は常に“対”の存在として描かれ、その境界は極めて薄く、危ういことを物語る。
鬼の撲滅に命を賭ける鬼殺隊の面々がそうであるように、多くの鬼たちもまた非情な運命に打ちのめされ、愚かな人間と浮世に対して、怨み、怒り、ダークサイドへ堕ちている。
あの時出会ったのがあの人でなければ、あいつでなければ、柱たちも鬼になっていただろうし、上弦の鬼たちも柱になっていたのだろう。
そんな物語全体の本質が、前作から引き続き“バトルジャンキー”として登場する猗窩座の人生を通じて描き出されていた。
ひたすらに戦いに狂うしかなかったその背景に存在する、数百年に渡る悲しみと絶望。猗窩座もとい“狛治”の果てしなく長かった戦いの終焉に、泣いた。

Information
| タイトル | 劇場版 鬼滅の刃 無限城編 第一章 猗窩座再来 |
| 製作年 | 2025年 |
| 製作国 | 日本 |
| 監督 | |
| 脚本 | |
| 作画監督 | |
| 声の出演 | |
| 杉田智和 | |
| 鑑賞環境 | 映画館 |
| 評価 | 8点 |
Recommended



コメント