
評価: 8点
Story
大手メディア「デイリー・プラネット」で平凡に働くクラーク・ケント、彼の本当の正体は人々を守るヒーロー「スーパーマン」。 子供も大人も、愛する地球で生きるすべての人々を守るため日々戦うスーパーマンは、誰からも愛される存在! そんな中、彼を地球の脅威とみなし暗躍する、最強の宿敵=天才科学者にして、大富豪・レックス・ルーサーの世界を巻き込む綿密な計画が動き出す― Filmarksより
映画『スーパーマン』<スーパー>本予告|2025年7月11日(金)日米同時公開「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」「アベンジャーズ」シリーズのジェームズ・ガン監督が贈る、DCユニバースの新たな幕開けを告げる完全なる新作!全てのヒーローの原点にして、頂点。誰もが知るヒーロー『スーパーマン』現代に生きる私たちに…more
Review
「スーパーヒーローが帰ってきた」
シンプルにそう表現するに相応しい、王道で、現代的、そしてエキサイティングなヒーロー映画だったと思う。
MCU以前、サム・ライミ版スパイダーマンや、ティム・バートン版バットマンよりも前に生まれた世代にとっては、初めて観たスーパーヒーロー映画が、クリストファー・リーブ主演の「スーパーマン」である人が少なくないだろう。
クリストファー・ノーランが生んだディープでダークなバットマンに感嘆し、アイアンマンが率いたアベンジャーズの大団円に歓喜しつつも、スーパーヒーローの代名詞としてその根源に存在し続けていたのは、やっぱり“スーパーマン”だった。
狂乱と恐怖に慄く市民の前にどこからともなく現れ、世界を混乱に陥れる敵を叩く。そうしてまたどこかへと颯爽と飛び立っていく。
ヒーロー自身の背景や成長過程は最小限に省略して、彼が不器用なまでにひたすらに人々を守り続ける様を描き連ねた映画世界には、ジェームズ・ガン監督が今この時代だからこそ、「スーパーマン」という映画に込めた価値と矜持が溢れていたように思う。
新しい「スーパーマン」が、熱く、痛快だった要点は、彼が“誰の声”を重視したかに他ならない。
滅亡に瀕して自分を地球に送り込んだ両親でもなく、愛するヒロインでもなく、もちろん政府や政治家でもなければ、揺れ動く自分自身の心の声でもない。
今この時に、救いの声を力強く発し続ける人々、そして子どもたちのために、満身創痍のヒーローは幾度も立ち上がる。
それは“スーパーヒーロー”という概念そのものが生まれた根源であり、あまりにも普遍的な真価だった。
現実世界は、今まさにリアルタイムで救いを求め続けている。
世界のあちらこちらで、人々は悲しみに暮れ、子どもたちは泣き続けている。
そんな「現実」を目の当たりにして、今生み出すべきものは何なのか。
DCユニバースの新たなフィールドに降り立ち、ジェームズ・ガンが出したアンサーが、この「スーパーマン」だったのだと強く思える。
それは、実際にはスーパーヒーローが存在しない現実世界へのアンチテーゼだったようにも感じた。
本当にスーパーヒーローが存在したならば、この世界は都合よく救われるのかもしれない。
でも、現実はそうではない。「S」のマークの旗を立ててみたところで、誰も現れないし、何も変わらない。
ならば、この世界は何をすべきなのか。
権力の横暴に押し黙ったままでよいのか。一方的な暴力に屈したままでよいのか。
この映画は、圧倒的に魅力的なスーパーヒーローを描き出すことで、その「不在」を現実につきつけ、私たち一人ひとりに勇気を促しているようにも思える。
スーパーマンと同様に、スーパーヒーロー映画史におけるヴィランズの代名詞的存在でもあるレックス・ルーサー。
本作でニコラス・ホルトがとても印象的に演じた新たなルーサー像は、今この混乱する世界で恐怖に埋め尽くされている現代人の写し鏡だった。
暗く、重く、疑心暗鬼な世界の中に現れたあまりに強い「光」を目の当たりにして、怯え、極端な自己防衛に駆られるレックス・ルーサーの姿は、「×××ファースト」と他者への寛容が欠落していく全世界的な風潮と重なるようだった。
私たち現代人は、今一度「光」を見出し、多様的な希望を見出し、受け入れることができるのか。
エンドクレジットで映し出されたスーパーマンと愛犬クリプトが、月に腰掛け地球を眺める後ろ姿からは、そんな私たちを俯瞰する、少々不安げな視点を感じた。

Information
| タイトル | スーパーマン SUPERMAN |
| 製作年 | 2025年 |
| 製作国 | アメリカ |
| 監督 | |
| 脚本 | |
| 撮影 | |
| 出演 | |
| 鑑賞環境 | 映画館(IMAX・字幕) |
| 評価 | 8点 |
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