「木挽町のあだ討ち」“「時代劇娯楽」を堪能し晴れ晴れとした気持ちで劇場を後にした”

2026☆Brand new Movies

評価:  7点

Story

ある雪の降る夜、芝居⼩屋のすぐそばで美しい若衆・菊之助による仇討ちが⾒事に成し遂げられた。 その事件は多くの⼈々の⽬撃により美談として語られることとなる。1 年半後、菊之助の縁者と名乗る侍・総⼀郎が「仇討ちの顛末を知りたい」と芝居⼩屋を訪れるが…。 菊之助に関わった⼈々から事件の経緯を聞く中で徐々に明らかになっていく事実。果たして仇討ちの裏に隠されたその「秘密」とは。 そこには、想像を超える展開が待ち受けていたーー。 Filmarksより

映画『木挽町のあだ討ち』本予告 ◤2026年2月27日(金)公開◢
\ 直木賞&山本周五郎賞 W受賞作が遂に映画化!! /=====================その真実が紐解かれる時、人の情けと驚きが感動を呼ぶ。江戸の町に花開く、心震わす極上エンターテインメントミステリー。===============…more

 

Review

雪が降り積もる夜、あたかも“大衆演劇”のような仰々しさで或るあだ討ちが繰り広げられる。
場所は芝居小屋の裏、ちょうど歌舞伎鑑賞(しかも演目は「仮名手本忠臣蔵」!)を終えたばかりの人々が、興奮冷めやらぬまま人だかりをつくっている。
様式美に彩られたこの映画冒頭のあだ討ちシーンは、美しく、娯楽性に満ちている。そして、明らかに“芝居”がかっていた──。

原作やあらすじをほぼ把握せぬまま鑑賞に至ったが、この文字通り芝居がかったアバンタイトルを観た時点で、本作が紡ぐであろうストーリーの大筋は感じ取れてしまう。
本作を、二転三転するミステリー映画としてのみ捉えるとするならば、この演出はやや勿体ないようにも思えたことは否めない。
けれど、本作の本質的な狙いはもっと別のところにあったのだと思う。
それはすなわち、武士、もしくは武家という社会制度とそれに伴うしがらみに対する軽妙なアンチテーゼ。そして、同時に描き出される、それでもその生き様を貫く者の矜持と美学への敬意だったのだと思う。

ことの発端は美濃遠山藩(現在の岐阜県)で巻き起こった陰謀と、一人の武士の死。そして遠く離れた江戸で起きたあだ討ちの真相を、一人の元遠山藩士の侍が解き明かすというストーリーテリング。
そこにあらわれたのは、武家社会の闇と、それに縛り付けられた侍たちの愚かさと哀しさだった。
なぜ崇高な侍だった父は狂乱の果てに死ななければならなかったのか。そしてなぜ江戸の芝居小屋の裏であだ討ちが行われたのか。
れっきとした時代劇でありながら、さながら「刑事コロンボ」を彷彿とさせるようなミステリー仕立てのストーリー展開がユニークで、魅力的な作品世界を創造していたと思える。

真田広之の「SHOGUN」の世界的賞賛や、「国宝」の社会的ヒット、またインバウンドの隆盛に伴う逆輸入的な日本文化の再評価なども背景にして、今、この国の“時代劇”や“江戸文化”は新時代の価値を築き始めているように感じる。
映画、ドラマ、アニメ、配信作品と、その製作環境も多岐にわたり、様々なスタイルの時代劇が、アグレッシブに生み出されている昨今の日本映画界隈の潮流は、長年古い時代劇に親しんできた者としてとても嬉しい。

本作も、その潮流に乗った、まさしく“面白き時代劇”であったことは間違いない。
ただし、その一方で、この原作小説が持っているであろう物語の“妙”を、本作が映画作品として完璧に表現しきれていたのかというと、そこには一抹の疑念は拭えない。

最も勿体なかったのは、やはりこの物語が持つ“ミステリー”としての面白さを、上手くストーリーに乗せきれていないことだろう。
つくり手の狙い通りであったことは理解できるが、冒頭の芝居がかったあだ討ちのシーンによって、鑑賞者側としては早々に事の真相が読めてしまうことは、物語の妙、からくりの面白さを、大きく削いでしまっていると言わざるを得ない。

様式美と矜持に溢れた冒頭のあだ討ちシーンは必須だったと思うが、もう少しすべてを映し出さない映画表現の工夫や、冒頭シーンを上回る、あるいはそれを覆い隠すほどの美意識が映画全体に散りばめられていたならば、印象はもっと変わったのではないかと思える。

本作のストーリー上の“仕掛け”の核である“森田座”の面々の描き方も、非常に勿体なかった。
御大・渡辺謙を筆頭にして、滝藤賢一、正名僕蔵、高橋和也、瀬戸康史と、演技巧者たちを揃えてクセの強いキャラクター造形ができていたので、もう少し彼ら一人ひとりのバックグラウンドに踏み込んだ演出があるべきだったと思う。
原作未読のため断言はできないが、人生における紆余曲折を経て芝居小屋で生きている彼らには、決して小さくはない浮き世に対する怨みつらみが内包されているはずである。本作においてもその心情は垣間見られるけれど、もう少し具体的なシーンや言動で描き出してほしかった。

そういった芝居小屋で生きざるを得ない人間たちの群像を立体的に描き出したうえで、“あだ討ち”という「檜舞台」を成功させた顛末を紡ぎ出していたならば、最後の一同で“奈落”を見送るシーンがもっと感慨深いものになったのではないかと悔やまれる。

結果的に、ミステリーとしての映画的表現の稚拙さが、名探偵ポジションの主人公のキャラクター的な弱さにも直結しているように思う。主演の柄本佑は適切な演技プランで軽妙かつ深い演技を見せていたと思うけれど、ミステリーの謎が解き明かされる爽快感が乏しいため、どうにも見せ場のない、損な役回りになってしまっている。

ミステリー作品の定石でもあるが、映画の構造を完全に二幕構成にして、前半は死と復讐を軸とした悲劇を描き出し、後半は多様な人間模様と喜劇性も含めた謎解き展開としてしまった方が、映画全体のメリハリと完成度が高まったのではないか。
そうすれば、ミスリードのキーマンであり、素晴らしい二面性を見せた北村一輝演じる“作兵衛”のキャラクター性もさらに忘れ難いものになっただろう。

と、妄想じみた身勝手な寸評を繰り広げてしまったが、それも本作がとても魅力的な作品だった故の願望である。繰り返しになるが、本作が新しい時代に向けた娯楽性に満ちた時代劇であることは断言できる。

社会のしがらみに雁字搦めになり、辛酸をなめつつも、己の人生を全うする本作の侍たち、そして芝居小屋の面々たちの姿に、晴れ晴れとして劇場を後にした。
社会の仕組みに縛り付けられて、鬱積を溜め続けて生きざるを得ないのは、きっとどの時代も同じであろう。そういう人々の鬱憤を束の間であれ晴らす役割を担ってきたのもこの国の「時代劇」だ。
これぞ、この国の映画文化を支え続ける「時代劇」の素晴らしさだと、思う。

 

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Information

タイトル 木挽町のあだ討ち
製作年 2026年
製作国 日本
監督 源孝志
脚本 源孝志
撮影 朝倉義人
出演 柄本佑
長尾謙杜
瀬戸康史
滝藤賢一
山口馬木也
愛希れいか
イモトアヤコ
野村周平
高橋和也
正名僕蔵
本田博太郎
石橋蓮司
沢口靖子
北村一輝
渡辺謙
鑑賞環境 映画館
評価 7点

 

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