「映画ドラえもん 新・のび太の海底鬼岩城」“バギーの献身から感じるAIとの向き合い方と、ドラ映画への感謝”

2026☆Brand new Movies

評価:  8点

Story

夏休みにキャンプの行き先で意見が分かれたのび太たちは、ドラえもんの提案で海の真ん中でキャンプをすることに!ひみつ道具の「水中バギー」と「テキオー灯」を使い様々な生き物に出会いながら海底キャンプを楽しむ5人。 沈没船を発見したことをきっかけに、謎の青年・エルと出会う。なんと彼は、海底に広がる<ムー連邦>に住む“海底人”だった!陸上人を嫌っている海底人はのび太たちを信用することができない。そんな中、「鬼岩城が…活動を始めました!!」との知らせが届く。海底人が恐れる“鬼岩城”とは、一体何なのか…? 仲間を信じる心を胸に、地球の命運をかけた大冒険に、いざ出発! Filmarksより

 

Review

80年代生まれの私は、「ドラえもん」のオールドファンと言って間違いない。藤子・F・不二雄の信奉者でもある私にとって、“大長編ドラえもん”シリーズの第4作「のび太の海底鬼岩城」は、言うまでもなく人生におけるフェイバリットである。
昨年、次作のドラえもん映画が、“海底鬼岩城”であることを知り、これは劇場鑑賞マストだなと心に決めた。そして、封切りに合わせて、小学5年生の息子と共に映画館に足を運んだ。

泣いた。
1983年に公開され、その後ダビングされたビデオテープで文字通り擦り切れるくらいに観たオリジナル同様に、“水中バギー”の献身に涙が溢れた。リメイク作品として申し分ない作品だったとまず断言しておきたい。

私と同世代のオールドファンの中には、声優陣交代後の“違和感”を拭えず否定的に捉えている割合も少なくないようだ。しかしながら、自分の子どもが生まれて十数年来、彼らと共に新時代の「ドラえもん」にも親しんできたものとしては、もはや違和感など微塵もなく、堪能できている。
「大長編ドラえもん」シリーズの単行本も含め、てんとう虫コミックスを全巻保持し、F先生の原作漫画をバイブルとして読み漁ってきた者としては、むしろ現在の声優陣とスタッフによるアニメ版の方が、原作世界のテイストによりフィットしているとすら思っている。

今回の「新・のび太の海底鬼岩城」で、F先生が直接原作を手掛けた大長編シリーズの映画版のリメイク作としても8作目に至るが、どの作品も総じて出来が良い。
F先生によるSF(すこし・ふしぎ)的な機微と、圧倒的かつ簡潔なストーリーテリングの完成度の高さ、それに対するリスペクトを踏まえつつ、新しい時代におけるアグレッシブな新解釈や、適切な改変が施され、どの作品も単なる“焼き直し”には留まらない意欲と熱量に溢れている。

過去作を崇拝していたオールドファンとしても、新たに作り直されたリメイク作を観て、「ああ、確かにこの部分はこの表現の方が良い」「この展開の方が面白い!」と率直に感じることが少なくない。
ドラえもん映画のリメイク作を通じて、慣れ親しんだ過去作を崇拝するばかりが「正義」ではないことを知ったようにも思える。

本作においても、そういった改変ポイントが、新しい時代の「海底鬼岩城」として正しく機能していた。
まず何と言っても特筆すべきは、オリジナルと変わらず本作のキーキャラクターである“水中バギー”のキャラクター性だろう。
現実世界でもAIが流暢な日本語を発する昨今において、オリジナルではカタコトだったバギーがよりキャラクター化されていたことは、もはや必然的な改変だったと思う。そして、“彼”が、自分にとっては意味不明な人間たちの「心」をより積極的に理解しようと、のび太やしずかとの交流を深める様も、現代的で相応しいものだったと思う。
無論、オールドファンとしては、三ツ谷雄二が声優を担当したオリジナルバギーのマシン感に溢れた声も忘れ難いけれど、本作ではキャラクター化が深まったことにより、クライマックスの顛末がより感慨深いものになったことは間違いない。

バギーのキャラクター化の深化に伴い、同じくAIキャラクターである、“ドラえもん”自身や、大ボスである“ポセイドン”との対比も効果的に生まれていた。
ドラえもんもバギーも、その出自は「安物の中古品」であるが、その「所有者」によってAIとしての人格形成に大きな差異が生じていることが興味深い。
セワシやのび太の「友情」と共に生活してきたドラえもんは、もはやロボットであることを自他共に忘れてしまうくらいに人格化している。その一方で、心無い前オーナーによって蔑ろにされてきた“メモリ”を持つバギーには、「友だち」という概念がそもそも存在しなかった。

また、巨大な帝国支配の頭脳として生み出され、あらゆるものを排他的に淘汰することを目的に“運用”されてきた鬼岩城のポセイドンには、感情が生まれる余地すら存在しない。
暗く深く閉ざされた海の底で、ひたすらに復讐と拒絶のためだけに存在するしかないポセイドンの様には、絶大な恐怖感と同時に、途方もない悲しさを感じた。そして、それを生み出してしまった人間の愚かさやおぞましさを禁じ得ない。

本作で表現されたこれらの対比は、現代社会、そしてこの先の未来における人間とAIの関わり方にも直結しているだろう。
すなわち、人間がAIに対してどう向き合い、どう利用するかによって、この世界は「慈愛」と「破滅」どちらにも転じていくという警鐘にも思えた。
本作におけるその「警鐘」の在り方は、F先生が、冷戦時代における核戦争勃発の危機感を作品に込めた原作の「のび太の海底鬼岩城」に直結するものであり、極めて相応しいテーマ性だと確信した。

鑑賞後、クライマックスの決戦シーンでジャイアンがいきなり柔道技を繰り出して異様に強かったのは「ブラックベルトをしていたからだ」と、マニアを自負する私も気づかなかった点を、息子から教えてもらい、思わず嬉しくなって彼の頭をワシワシと撫でた。
そんな息子もこの春には小学6年生になる。もしかすると、一緒に映画館にドラえもん映画を観に行くのもこれが最後になるかもしれないな、と一抹のさみしさも覚えつつ、40年以上に渡って私に素晴らしい時間を与えてくれている「ドラえもん映画」にあらためて感謝したい。

 

おヒサシネマ!「ドラえもん のび太の海底鬼岩城」
「機械に良い悪いを区別する力はないわ」これは水中バギーを庇うしずちゃんの台詞だが、この台詞にこの映画のすべては表れている。バギーも、そして鬼岩城のポセイドンも、「人間」の命令に従っているに過ぎない。機械の暴走や致命的なエラーは、常に、人間の…more

 

Information

タイトル 映画ドラえもん 新・のび太の海底鬼岩城
製作年 2026年
製作国 日本
監督 矢嶋哲生
脚本 村山功
キャラクターデザイン 冨樫友紀
声の出演 水田わさび
大原めぐみ
かかずゆみ
木村昴
関智一
広橋涼
千葉翔也
平愛梨
平子祐希
酒井健太
鑑賞環境 映画館
評価 8点

 

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