
評価: 10点
Story
未知の原因によって太陽エネルギーが奪われる異常事態が発生。このままでは地球の気温は低下し、全生命は滅亡する。この絶望的な危機を救う鍵が、11.9光年先の宇宙にあると突き止めた人類は、一縷の望みをかけて宇宙船を建造。中学校の科学教師グレースを送り込む。彼は知識を武器に、“イチかバチか”のミッション<プロジェクト・ヘイル・メアリー>に立ち向かうことになる。 宇宙の果て、極限の孤独のなかで、グレースが出会ったのは、同じく母星を救うためにひとり奮闘する異星人ロッキーだった。姿形、言葉も違う二人が、科学を共通言語に挑む、宇宙最大の難題。やがて育まれる種族を超えた友情の先で、二人が辿り着いた答えとは――。 Filmarksより
80億人の命を賭けた、人類最後の賭け── <中学校の科学教師グレース&人類が初めて出会う異星人ロッキー>映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』3月20日(金・祝)日米同時公開映画『プロジェクト・ヘイル・メアリー』2026年3月20日(金・祝)全国の映画館で公開<原作者>アンディ・ウィアーから日本のファンへ:<主演>ライアン・ゴズリングからメッセージ:
Review
映画作品に限らず、生来のSF好きとして、終始エキサイティングで、ユニークな映画世界に没頭した。
全編通してとても“面白い”類の作品だったので、エンドロールを迎えた瞬間の自分自身の感情の揺れに対して、少し戸惑ってしまった。
エンドクレジットを見送りながら、私は涙が止まらなかったのだ。
なぜ泣いているのか、自分でも理解が追いつかないくらいに、あまりにも素晴らしいラストシーンに多幸感が極まったのだと思う。
その多幸感は、主人公が辿り着いた会心の笑顔と、本作を通じて一人の男のとてつもなく稀有な人生模様を体感できた自分自身に対してのものだった。
“病”を患い衰退する太陽を復活させるため、地球の存亡をかけてとある中学校の科学教師が、宇宙に送られる──。
プロットそのものは、良く言えば王道エンタメ的であり、冷静に考えればあまりに荒唐無稽である。ただ、“SF”において、常識的に“あり得ない”と一蹴してしまうことは、逆に安直で浅はかなことだろう。
数々のSF作品に触れてきて、持論として深めてきたことだが、科学的に正しく説明できることがSFではない。人類の科学では説明できないことを空想し、思考することこそがSFであり、“あり得ない”ことを作品世界の論理で説明し表現することが、その本質だ。
そして、空想と思考、この追求こそが「科学」そのものだと、私は思っている。
そんな個人的な観念を踏まえても、本作は素晴らしいSFだった。
「インターステラー」や「メッセージ」、「ゼロ・グラビティ」など、宇宙の極限における人間の葛藤や苦闘、ファーストコンタクトを描いた傑作は数多く、本作と通じる要素も大いに感じる。
原作者が同じ「オデッセイ」も、人物描写やラストの顛末の類似性も含めて彷彿とさせた。
多くの優れたSF作品に共通して表現されていることは、前述のSF的な思考性を軸にして描き出される、人間の深い人生観だと思う。
人生において、孤独や失望、喪失、鬱積に苛まれた主人公をはじめとする登場人物たちが、人間の知見など想像も及ばない広くて深い宇宙の孤独に対面することで、固執していた自分の人生観が転じたり、解放されたり、または崩壊したりする。
人物のアウトサイドの、あまりにも壮大で深遠な世界との邂逅が、極めてパーソナルな自身のインサイドに多大な影響を及ぼすという相対性と、それに伴う普遍的なドラマ性が、SFの醍醐味であろう。
本作の主人公グレースは、決して自分自身が不幸だったり、不遇だとは思ってはいない。
けれど、彼自身も自覚なく、見て見ぬふりをしていた「感情」を抱え込んでいたのだろう。
それは決して特別でも劇的なものではなく、この世界中の誰しもが持つ小さな小さな自分への“わだかまり”みたいなものだ。
そういったとても普遍的な人間の普通の感情が、絶望的な宇宙空間でのサバイバルと、まさに奇跡的な“未知との遭遇”と、“友情”の醸成と共にあらわになっていく。
任務遂行の経緯で生じた一時的な記憶喪失状態に伴い、主人公自身が、自分が置かれていた境遇や秘めていた感情を、靄がかかった脳裏から少しずつ掴み取っていくというストーリーテリングも、とても巧みで、我々観客も主人公の主観と共に映画世界を体感する構図を創り上げていた。
人生の局面から逃げ続け、自分を慰め、納得させるように折り合いをつけてきた主人公の人生模様は、決して誰も非難したり揶揄できるものではない。無論私自身も含めて、現代社会のほぼすべての人間は、そうやって自分に言い訳をしつつ、必死に生きている。
しかし、グレースは、最後の最後、自分の人生において最も大切なものは何なのかということを、極限の状態で突き詰め、自身に問い、そして宇宙船の「軌道」を変えた。
そこにあらわれていたものは、地球の存亡も、太陽の衰退も、星々の危機も関係なく、一人の男のとても個人的だけれど深淵な人生の選択だった。
地球から遠く離れた宇宙空間における荘厳たる畏怖と美しさ、その広大な映像表現が素晴らしい。
そして同時に、友人“ロッキー”との邂逅に伴うユーモアとクリエイティビティの精度が、見事なバランス感覚で融合しており、娯楽作品としての価値と品質を高めている。
地球人にとってはあまりに奇天烈な異星人の造形に対しては、初登場シーンにおいて思わずギョッとしたことは否定できない。でも、必死にコミュニケーションを試み、言語の壁を打ち壊していくグレースと共に、私もロッキーへの愛着が深まっていった。
原作は未読だけれど、この宇宙の果ての邂逅と交流こそが、小説においてもストーリーの核であったことは間違いなく、その文体表現を映像表現として見事に昇華し成立させてみせたことが、映画作品としての勝因の一つであったことは想像に難くない。
そして宇宙シーンにおいてはほぼ一人芝居である主演のライアン・ゴズリングも素晴らしい。
映画のストーリーテリングと共に、グレース本人が「自分」という人間が孕んでいた本質を認め、それを超えていくという精神的な変化を、表面的にはあっけらかんとしたポーカーフェイスの中で自然に表現している。人間の普遍的な弱さや脆さと共に絶体絶命の中における根幹的な“タフさ”を併せ持つ主人公グレースを見事に演じきっていた。
鑑賞前の想定を大きく超えて、私の中では忘れ難きSF映画となった。
存亡をかけた宇宙の果てで、光の速さも、種族や生命としての隔たりも、言語の壁も超えて、貫き通した友情が辿り着いた先で、涙腺が決壊した。




Information
| タイトル | プロジェクト・ヘイル・メアリー PROJECT HAIL MARY |
| 製作年 | 2026年 |
| 製作国 | アメリカ |
| 監督 | フィル・ロード |
| クリストファー・ミラー | |
| 脚本 | ドリュー・ゴダード |
| 撮影 | グレイグ・フレイザー |
| 出演 | ライアン・ゴズリング |
| ザンドラ・ヒュラー | |
| ライオネル・ボイス | |
| ケン・レオン | |
| ミラーナ・ヴァイントゥルーブ | |
| マラカイ・カービー | |
| ミア・ソテリュー | |
| オライオン・リー | |
| アーロン・ニール | |
| リズ・キングスマン | |
| 声の出演 | ジェームズ・オルティス |
| 鑑賞環境 | 映画館(IMAX・字幕) |
| 評価 | 10点 |


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