2年と3ヶ月前に娘が生まれた。とても幸福な瞬間だったけれど、同時に「父親になった」という事実に対しては、ふわふわとした実態の無さを感じたことを良く覚えている。
女性は、子を産んだ瞬間に「母親」になると思う。それは、我が子の生命を身籠り、出産するという幸福と苦闘に溢れたプロセスをしっかりと経ているからだと思う。
一方で、男性は、そういった実を伴ったプロセスを経ていないから、本当の意味で「父親」という存在になるまで「時間」が必要なのだと思える。
それが数日間の人もいるだろうし、数ヶ月間の人もいるだろうし、「6年間」かかる人もいる。
「息子を取り違えられた二つの家族 血のつながりか、共に過ごした時間か」
この映画のテーマを知ったとき、2歳の子を持つ“親”の一人として、そんなことに選択の余地はあるのか。と思えた。
傍らの我が子をふと見て、そんなもの今まで共に生きていきてきた子を選ぶに決まっている。と、思った。
この映画が最終的にどういった着地を見せるのか。興味と一抹の不安を感じつつ、映画を観始めた。
観終えて何よりも感じたことは、なんて「ていねい」な映画なのだろうということだった。
映画を構築する一つ一つの描写、一つ一つの言動、もっと言えば人物が住まう場所の間取り、彼らの服装、食べ物、そのすべてが丁寧に丁寧に描き出されていたと思う。
描かれるテーマは、当然あらゆる面に置いてセンシティブで、下手をうてば大いなる誤解を孕んでしまうものだったと思う。
この物語には、主たる登場人物として、二組の夫婦、つまりは二人の父親と、二人の母親が登場し、ストーリーを紡いでいくわけだが、それぞれの立場のどこにどう偏り過ぎても極めて独りよがりな映画になってしまっただろうと思う。
この映画を、「母親」の目線で描くことはある意味容易だったと思う。
題材となっている“取り違え事件”において、最も傷つき、最も感情的な対象になり得るのは、当然「母親」だからだ。
今作で母親役を演じている尾野真千子と真木よう子は、それぞれ素晴らしかった。全く同じ心の傷を負った全くタイプの異なる母親像を二人の女優が見事に体現していたと思う。
この二人の母親に焦点を当てたとしても、そりゃあ感動的な映画に仕上がっていただろうとは思う。
しかし、当然ながらタイトルが示すように、この映画はそういうストレートな感動には走っていない。
この映画で、「母親」ではなく、「父親」を主人公に据えた意味。それこそが、この作品の価値だと思う。
冒頭に記した通り、父親は、「父親になった」という事実に対して、実感と自信を持つことに人それぞれに異なるプロセスが必要なのだと思う。
福山雅治演じる主人公は、自分の「理想」に対して完璧には育っていない息子に対して、一抹の不満を持っている。それは即ち、自分自身が本当の意味で父親になりきれていないことに対する「不安」の表れだったのだと思う。
そんな折にふりかかった「事件」。主人公はある意味自分を慰めるかのように「やっぱりか」と呟いてしまう。
「交換」という決断を迫られ、夫婦は苦悩する。しかし、ここで「父親」と「母親」の差異が生じる。
母親は、他の誰よりも傷つくが、その分シンプルに決断出来る“強さ”を持っていると思う。映画の中でも描かれているが、いざとなれば自ら育てた子と二人きりででも生きていくという「覚悟」がある。
しかし、そもそも「親」になったということそのものに自信が備わっていない父親は、「子」との距離感に対して多いに惑う。
そこには、「父親」というものの弱さと脆さが溢れていて、それがこの映画が描くドラマ性なのだと気付いた。
果たして二組の夫婦は、ある結論(のようなもの)に辿り着く。
しかし、そのラストシーンは、決して何が解決したとういことではなく、彼らが改めて「家族」としてのスタートに立ったに過ぎないことを物語っている。
エンドロールを眺めながらしばらく呆然としてしまった。
ふと、あることに気付いた。
この映画が掲げたテーマの「選択」に対して、僕はそんなものに選択の余地はないと“シーソー”の片方に思い切り重心をかけて映画を観始めた。
そしてこの映画のストーリーは、概ね自分のその意思に沿った着地を見せた。
それなのに、観終わった瞬間、僕は“シーソー”の真ん中に立っていた。
「選択」は大いに揺らぎ、激しく動揺していることに気付いた。
どちらが正しいということは言えず、どちらも間違っていないとしか言えなかった。
「選択」を迫るこの映画は、終始“シーソー”のどちら側にも偏ってはいなかった。故に観客は、描かれる人々の言動のすべてに共感し、また拒否することが出来る。
この映画の素晴らしさは、その“立ち位置”によるバランス感覚そのものだ。
僕はいつ「父」になるのか?もうなっているのか?
答えのない問答がぐるぐるとめぐって、映画を観た夜、寝付かれなかったことは言うまでもない。
「そして父になる」
2013年【日】
鑑賞環境:映画館
評価:10点
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