
評価: 9点
Story
与えられた任務は、内閣総理大臣の直轄機関「総力戦研究所」で≪模擬内閣≫を結成して日米開戦の行く末をシミュレーションし、東條英機ら≪本物の内閣≫に報告すること。宇治田を始めとする若きトップエリートたちは、国家機密データを駆使した熾烈な議論の末、一つの結論に辿り着く。「日本、必敗」――。 導き出された冷徹な「正解」を前に、彼らの理性は「戦争を止めるべきだ」と叫ぶ。そして迎えた、《本物の内閣》への報告会。命をかけた「シミュレーション」の末に、彼らが目にした残酷な結末。これは戦時中の悲劇ではない。今なお我々に突きつけられる社会の闇である。 Filmarksより
【満席続出!大ヒット上映中!】映画『開戦前夜』本予告真珠湾攻撃の 4 ヶ月前―彼らが見たのは、「日本必敗」という結末だった。1941(昭和16)年4月。日本中のエリートたちが秘密裏に集められた「総力戦研究所」という組織が存在していた。官僚・軍・民間から選りすぐられた、次世代を担う“ベスト&ブ…more
Review
昭和56年生まれの私は、物心がついた頃から、隣家に住んでいた祖父母を中心に戦時下の悲惨さ、当時の生活の苦しさを、繰り返し聞かされてきた。
学校教育や、映画やアニメ、漫画などの創作物においても、この国が時代と共に経てきた「戦争」の惨たらしさと、愚かさをダイレクトに伝えるものが多かったように感じる。
これまで私自身の人生のおよそ40年に渡ってそういった実話や、創作に触れ、当時の状況を理解すればするほど、一つの大きな疑問符がつきまとってきた。
それは───
「なぜこの国は、“結果”として戦争へと進んでしまったのか?」
ということに尽きる。
子供の頃は、無知で、戦力も能力もないアジアの小国が、傲慢に、無謀に、大国及び世界と対峙してしまった結果なのだと思っていた。
しかし、歴史や社会を知るにつれ、そこには私自身の認識に誤りがあったことに気づいていく。
当時の日本は、国家としての“能力”において、アメリカをはじめとする世界各国に対して必ずしも劣っていたわけではなかったということ。
人口、生産力、資源力といった国力としての差はもちろんあったが、必ずしも国として“無知”でも“無能”でもなかった。
にも関わらず、この国は世界と戦争をする道を選び、定められたように大敗し、ほぼすべてを失った。それは本作中、池松壮亮演じる主人公の台詞にもあるように、ただの「敗北」ではなく、国の「崩壊」だった。
本作は、「総力戦研究所」という、これまであまりつぶさには語られてこなかった研究機関に集った人物たちの視点と苦悩から、この国の「戦争」と「敗戦」の本質を描き出していた。
この国の何が戦争を引き起こし、そして「崩壊」へと至らしめたのかということを、文字通り侃々諤々(かんかんがくがく)の“議論”と共に突きつける。
私が、これまでの人生の中で戦争というものを理解すればするほど、疑問符が大きくなったことの理由が一つ分かったように思う。
それは祖父母の実体験の話はもちろんのこと、フィクション、ノンフィクション含めて戦後表されてきた創作物の多くも、戦禍の只中、もしくは終戦後間もなくの悲惨や悲劇を描き出すものが圧倒的に多かったということだ。
それはつまるところ、「戦争」をリアルタイムで体験した日本人の多くもまた、この国がなぜ戦争に至ったのかということの本質を正しく理解していなかったことに尽きるのではないかと思える。
センシティブな観点も含むが、語弊を恐れずに言うなれば、「大日本帝国」を構成した当時の日本人たちは決して「無能」ではなかった。
少なくとも本作で描き出された「総力戦研究所」に関わった人材たちは、これを画策した軍人たちも含めて、正確に現実を精査し、シミュレーションされた「敗北」、いや「崩壊」を目の当たりにしていた。
そして、本作のストーリーテリングに限ってみるならば、その視座そのものを、東條英機をはじめとする当時の軍部の中枢も、政治家も、そしておそらくは昭和天皇も、理解し共有していたのだろう。
それでも──それでもこの国は戦争し、敗北し、崩壊した。
なぜか?
盲目的に暴走した軍部の暴挙か、私利私欲に塗れ責任を放棄した政治家のあまりに愚かな怠慢か、慣習と忖度のもとに明確な判断を避け続けてしまった昭和天皇の責任か……。
無論、どれも“理由”の一つであろうけれど、私はそれらすらも一つの要素に過ぎなかったのではないかと思う。
この映画を観て感じたことは、優秀な人材がどれだけ正確な計算をし、綿密なシミュレーションを重ねて、“戦争の結末”を予見しようとも、日本が戦争を回避するという“選択肢”はそもそも残されていなかったということ。
それを許さなかったのは、当時のこの国全体の「空気」そのものだったように感じる。
あまりにも悲惨で、あまりにも愚かだったこの国が辿った道筋は、何か個別の責任や罪の範疇を大きく超えて、国民一人ひとりも含めた「日本」という国家そのものが抱えていた無知と傲慢によるものだったと思えてならない。
本作に対しては、各人物描写の正誤や時代考証において批判もあったようだけれど、重要なのはそういうことではなく、当時この国に渦巻いていた“空気感”そのものを感じ取ることだろう。
当然私は当時のその“空気感”を実体験として感じたわけではないけれど、今現在のこの国にその不穏さを感じ始めていることを否定できない。
社会や世界そのものの構造が様変わりし、人々の価値観も当時とは別物になっている今日において、この映画の舞台となった時代と同じ“空気感”が生じることはあり得ないのかも知れない。
けれど、だからこそ怖い。
人間の歴史、社会は、いつの時代も、人々の「大丈夫だろう」という浅はかな見識のもとで悲劇を生み続けているのだから。
ともかく本作は、できるだけ多くの現在の日本人に観てほしい作品であることは間違いない。
池松壮亮、仲野太賀をはじめとする俳優たちは、実在したエリートたちの苦悩と愕然、そして絶望をまさにせめぎ合うように表現していた。これまで社会的忖度やオブラートに包まれ続けてきた題材を、否定や非難も覚悟の上でクリエイティブした本作の姿勢そのものが勇敢で、真摯だった。
そして、現代社会に生きる我々は、「総力戦研究所」に集められた若者たちと同様に、侃々諤々の議論を今一度繰り広げ、それを続けることが最も重要なことなのだと痛感した。
Information
| タイトル | 開戦前夜 |
| 製作年 | 2026年 |
| 製作国 | 日本 |
| 監督 | 石井裕也 |
| 脚本 | 石井裕也 |
| 撮影 | 浜田毅 |
| 出演 | 池松壮亮 |
| 仲野太賀 | |
| 岩田剛典 | |
| 中村蒼 | |
| 三浦貴大 | |
| 二階堂ふみ | |
| 杉田雷麟 | |
| 北村有起哉 | |
| 嶋田久作 | |
| 中野英雄 | |
| 渡辺いっけい | |
| 別所哲也 | |
| 松田龍平 | |
| 奥田瑛二 | |
| 國村隼 | |
| 佐藤隆太 | |
| 江口洋介 | |
| 佐藤浩市 | |
| 鑑賞環境 | 映画館 |
| 評価 | 9点 |
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