「ブラックバッグ」“困惑と恍惚、そして最高級の余韻に包みこまれる”

2026☆Brand new Movies

評価:  9点

Story

英国の国家サイバーセキュリティセンター 〈NCSC〉 のエリート諜報員ジョージ(マイケル・ファスベンダー)に課せられた機密任務<ブラックバッグ>は、世界を揺るがす不正プログラム<セヴェルス>を盗み出した組織内部の裏切り者を見つけ出すこと。 容疑者は諜報員のフレディ(トム・バーク)、ジミー(レゲ=ジャン・ペイジ)、情報分析官のクラリサ(マリサ・アベラ)、局内カウンセラーのゾーイ(ナオミ・ハリス)、そして、ジョージの愛妻で凄腕諜報員のキャスリン(ケイト・ブランシェット)の計 5 名。任務のタイムリミットは 1 週間。 ある夜、ジョージは裏切者の動向を炙り出すべく、容疑者全員をディナーに招待する。食事に仕込まれた薬とアルコールの作用で、容疑者たちの意外な関係性がつまびらかにされるなか、ジョージは彼らに“あるゲーム”を仕掛けるが――。 複雑に仕組まれた嘘と妻への疑心に揺れる、究極の試練に直面したジョージの真意とは? Filmarksより

9月26日(金)公開『ブラックバッグ』予告編(60秒)
スティーヴン・ソダーバーグ監督待望の最新作!ケイト・ブランシェット『TAR/ター』マイケル・ファスベンダー『SHAME -シェイム-』愛する妻を疑え――最重要機密をめぐるエリート諜報員 vs 二重スパイの頭脳戦罠とウソが交錯する一級ミステリ…more

Review

開始3分間、本作は、一人の英国紳士が夜のロンドンを歩く背中を追い続ける。
その男が、マイケル・ファスベンダー演じる主人公であるわけだが、彼が何者であるかの想像も含めて、我々観客は本作のサスペンスに既に惹き込まれ、同時に緻密にデザインされたこの映画の世界観を垣間見る。

極めてソリッドに削り上げられたストーリーテリングは、余計な説明台詞や、親切な人物描写も削り取り、正直言ってとても分かりにくい。
正直なところ、最初に本作を観始めたときは、主人公夫婦を軸にした人間関係や、彼らが孕む心情が、まったく掴めず、“困惑”からなかなか抜け出せなかった。
ただし、一度本作を観終わってみると、その本質が映画の序盤からしっかりと刻み込まれていたことが理解でき、作品の芳醇さに充足感を覚えた。

そう、名優二人が演じる善人か悪人かの判別がつかない夫婦像も、本心が見えない一人ひとりの散文的な台詞回しも、すべては本作がしかけた「計画」だったと言えよう。

敏腕諜報員の熟年夫婦が織りなす、嘘と裏切りへの嫌悪と粛清。
「セックスと嘘とビデオテープ」で世に出た名監督が描いた濃密でスキャンダラスな一週間に、困惑と恍惚が入り混じるような稀有な感覚を覚えた。

英国の情報機関で諜報員を務める夫婦が、職場の同僚4人を自宅に招待して、晩餐を共にする。
洗練されたインテリアと料理と共に映し出されるその晩餐会は、ホストであるマイケル・ファスベンダーとケイト・ブランシェット演じる夫婦の存在感も相まって、とてもエレガントで上質、故に独特な緊張感を醸し出している。
現代を代表する二人の名優には、幾度も感嘆し続けてきたが、本作でもそれは更新され、最後までこの“夫婦”から目が離せなかった。

スティーブン・ソダーバーグ監督によって映し出された映画世界は、どのカットを切り取っても上品で、質の高いクリエイティビティを堪能できる。
英国諜報員同士の騙し合いというプロットでありながら、決して大風呂敷を広げるのではなく、あくまでも主人公夫婦を軸にした“会話劇”に仕上げていることが、映画作品として極めて成熟していた。

巨大な陰謀論に展開してもおかしくない題材の起点と終点を、夫婦の邸宅のダイニングルームで集約する映画的構図が、本作の巧みさを象徴しているとも思える。
そしてその構図は、本作の映画世界全体が、この主人公夫婦に“支配”されていることも示していた。彼らの真の怒りは、組織内の裏切りそのものへの追求というよりも、この夫婦の“生活”を脅かしたことにこそ強く、敏感に反応し、その対象の一寸の容赦もなく排除していくストーリーテリングにも、独特の緊張感と、独創性があったと思う。

たった一つ“違和感”として残ったシーンを挙げるとするならば、ピアース・ブロスナン演じる組織の上席が、昼食のレストランで食べていたものが日本食の活造りで、捌かれているにも関わらず、皿の上の魚の頭が生きて動いていたという日本文化のトンデモ描写。
ただしこれも、この上席がすでに主人公夫婦に“ロックオン”されて、まさに「まな板の鯉」状態を表すものだったとするのならば、これ以上ないブラックユーモアとしてむしろ秀逸だったと思える。

一度鑑賞し終わり、改めて冒頭の“晩餐会”シーンを見直してみると、夫婦の仕草や目線、そして食事をする面々の言動のすべてに意味があり、見える光景が全く異なっていた。
サスペンス映画でありながら、初見の驚きにピークを持つのではなく、繰り返し観ることで更に味わい深くなることは、この映画の確固たる品質を証明している。

映し出されたもの、言動で示されたものが、そのまま真実とは限らず、結果誰が本当に「嘘」をついているかも分からない。
そして、「真相」は、湖の底と、夫婦の営みの夜に消え失せる。私は困惑したまま、最高級の余韻に包まれた。

 

Information

タイトル ブラックバッグ BLACK BAG
製作年 2025年
製作国 アメリカ
監督 スティーヴン・ソダーバーグ
脚本 デヴィッド・コープ
撮影 ピーター・アンドリュース
出演 ケイト・ブランシェット
マイケル・ファスベンダー
マリサ・アベラ
トム・バーク
ナオミ・ハリス
レゲ=ジャン・ペイジ
ピアース・ブロスナン
鑑賞環境 Web配信(Amazon Prime・字幕)
評価 9点

 

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