
評価: 8点
Story
“十四歳の少年が母の情事を目撃、裏切った母を許せず、一人旅をする。天城峠で少年が出会ったのは、やさしい娼婦・ハナだった。やがてその一途で純粋な心が、不条理ともいえる殺人までにエスカレートする。 思春期を迎えた少年の微妙にゆれる心理を、現代とのカットバックで真相を明かし、人間の原罪を暴いていく。ロマンに満ちた作風で清張版「伊豆の踊り子」とも呼べる初期の作品の映画化。” Filmarksより
Review
最後に描き出される少年の“ある衝動”。
14歳の少年を突き動かしたその衝動の正体は何だったのだろうか。映画上ではとても唐突に、そして伝わりにくく表現されているため、鑑賞者の多くはキョトンとし、その不条理感に困惑してしまうことも否めないだろう。
このラストの描写が腹に落ちるかどうかで、本作に対する賛否は大きく隔てられているようにも思える。
映画内でも間接的に用いられている描写も踏まえて、敢えて品のない言葉で端的に表現するならば、少年の衝動とそれに伴う行動の本質は、「射精」だったのだと思う。
父の喪失、母と叔父の裏切り、所在なさと自身の将来に対する絶望感。そこに、自分自身の心と体の成長過程に伴う戸惑いと、戦争に突き進む社会の不穏さも薄々と感じ取った矢先の出奔未遂──そこで出会った魅惑的であまりにも美しい女一人。
いろいろな表現はあろうが、その時少年の胸中に生じたものは、「欲」だったのだと思う。文字通り少年から大人に向かう“峠”の先で生まれた浅ましく、愚かで、だからこそ純真な「欲」。
母に裏切られ、行く先が見えない14歳の少年は、あの美しい女を独占したかった。行きずりの、束の間の邂逅であることは理解しつつも、彼女を独り占めできるものと思い込んでいたのだろうと思う。
遊女まがいの女中働きだった文無しの女にとって、逃避行の最中(さなか)で“客”を取ることは、この先を生き抜いていくためにも至極当然のことだったのだろう。
だがしかし、自分自身の「欲」に目覚めたばかりの少年には、彼女が自分に向けた菩薩のような言動と、その直後の行為とそれに伴う醜態との整合性がまったくつかず、混乱と混沌に陥ったまま、まさに欲望を射精して吐き出すように、ほぼ無意識下で衝動を実行してしまったのだと思えた。
極めて刹那的で、納得しづらいストーリー展開ではあるけれど、ありふれた殺人事件の真相の核心に存在していた思春期の少年の欲望と衝動を描き出した世界観は、哲学性に満ち、文学的だった。
松本清張の原作は読んだことがないけれど、“性の目覚め”が作品のテーマであることは作者本人も言及しているようなので、本作の在り方は原作に対しても誠実だったのだろうと思う。
そして、そしてだ。そんなストーリーやテーマへの考察なんて実際どうでもよくなるくらいに、この映画を鑑賞すべき理由はただ一点に集約されているといっていい。
只々、田中裕子が素晴らしい。
実は本作鑑賞のきっかけは、TikTokで流れてきた本作の1シーンを切り取った田中裕子のビジュアルが、あまりにも美しく魅力的だったからだった。彼女を目当てに鑑賞して、まんまとその艷やかさに魅了されてしまった。
作中、峠に現れた幻影のような彼女の美しさと魅惑は、さながらゲーテの「ファウスト」に登場する悪魔“メフィストフェレス”を思い浮かべる。
本作のストーリーにおいて、結果的に田中裕子演じる大塚ハナに、咎められるべき非はほぼ無かったと言える。ただ、映画を観終えたほぼすべての者は、“誘惑の悪魔”としての彼女の存在性を疑わないだろう。
少年を突き動かした衝動の要因はまさしくこの女の悪魔的魅惑であり、その後も少年は、自分が犯した罪と共に、雨に打たれる彼女の最後の姿に囚われ続ける。
そして、誤認逮捕をした刑事の男もまた、40年以上に渡って彼女が中心に存在するこの殺人事件の呪縛に囚われた一人と言えるだろう。
ドストエフスキーの「罪と罰」をはじめ、古くから描き連ねられてきた人間の欲と脆さと愚かさが、40年越しのサスペンスとして描き出される。
映画作品としては、もう少しそれぞれの人物の、過去から現在に渡っての人生模様の描き込みがほしいところではあったけれど、田中裕子の「艶」が、少年と刑事、そして我々観客のすべてを支配して、許容させる。
Information
| タイトル | 天城越え |
| 製作年 | 1983年 |
| 製作国 | 日本 |
| 監督 | 三村晴彦 |
| 脚本 | 三村晴彦 |
| 加藤泰 | |
| 撮影 | 羽方義昌 |
| 出演 | 田中裕子 |
| 渡瀬恒彦 | |
| 平幹二朗 | |
| 伊藤洋一 | |
| 吉行和子 | |
| 金子研三 | |
| 小倉一郎 | |
| 石橋蓮司 | |
| 樹木希林 | |
| 坂上二郎 | |
| 柄本明 | |
| 北林谷栄 | |
| 佐藤允 | |
| 山谷初男 | |
| 伊藤克信 | |
| 車だん吉 | |
| 榎本ちえ子 | |
| 中野誠也 | |
| 加藤剛 | |
| 鑑賞環境 | インターネット(U-NEXT) |
| 評価 | 8点 |


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