
評価: 7点
Story
思いがけない出会いから始まった、最⾼純度のラブストーリー 思い描いていた⼤学⽣活とはほど遠い、冴えない毎⽇を送る⼩⻄。学内唯⼀の友⼈・⼭根や銭湯のバイト仲間・さっちゃんとは、他愛もないことでふざけあう⽇々。ある⽇の授業終わり、お団⼦頭の桜⽥の凛々しい姿に⽬を奪われた。思い切って声をかけると、拍⼦抜けするほど偶然が重なり急速に意気投合する。会話が尽きない中、「毎⽇楽しいって思いたい。今⽇の空が⼀番好き、って思いたい」と桜⽥が何気なく⼝にした⾔葉が胸に刺さる。その⾔葉は、奇しくも、半年前に亡くなった⼤好きな祖⺟の⾔葉と同じで、桜⽥と出会えた喜びにひとり震える。ようやく⾃分を取り巻く世界を少しだけ愛せそうになった⽮先、運命を変える衝撃の出来事が⼆⼈を襲うー。 Filmarksより
【本予告】映画『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』4月25日全国公開映画『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』4月25日(金)全国公開ずっと、なんてない。知ってたけど、知らなかった。生きる痛みを知ったとき、本当の恋がはじまる。萩原利久河合優実 伊東蒼 黒崎煌代安齋肇 浅香航大 松本穂香 / 古田新太監督…more
Review
青臭さと、痛々しさに、彼らを直視できない時間が、確実に存在していた。
それは、映画として致命的な欠陥であると共に、今年45歳の私自身がこの青春映画を観るに相応しい「層」ではないことを突きつけられているようで、所在なさのような、寂しさのようなものを感じた──
という要素が、この映画にあったこと自体は、否めない。
ただ、それでも本作を観終えて感じたことは、青臭くとも、痛々しくとも、それは二十歳になるかならないかの若者たちに許された「時間」であり、特権であり、価値であるということ。
たとえ、主人公の言動のほとんどすべてに対して拒否感を覚えようとも、私にはそれを真正面から否定することはできなかった。
なぜか。
それは私自身もまた、20代の前半から決して短くない年数にわたって、身勝手で幼稚な自己憐憫に覆われて、無様に突っ伏していたからに他ならない。
私が陥った“それ”は、本作の主人公の“それ”とは、環境も性質も異なることだけれど、きっと当時の精神世界の根幹は似通っていたのだろうと思える。
そして、実はそれは決して「特別」でもなければ、私だけのものでもなかったということを、今の私はよく知ってしまっている。
鑑賞中は、主に主人公の言動に対して居心地の悪い居たたまれなさが先行してしまい、うまく作品世界に入り込むことができなかった。
正確に言うと、「好き」と声に出したくなるほどのシーンやカット、映画表現は随所にあったのだけれど、完全に没入できずに、主人公という不協和音によって現実に引き戻さ続けた感覚に近い。
ただ、きっとそれも、無意識下で遠い記憶の中の、あまり思い出したくもないかつての自分自身の姿と重ね合わせてしまい、ことほど左様に嫌悪感が増幅されてしまった故のことだったのかもしれない。
同じような感覚は、同じく大九明子監督作である「勝手にふるえてろ」でも覚えていたことを思い出す。
この作品でも、私は主人公ヨシカの痛々しさと滑稽さに対して、自身の20代を重ね合わせた。
同作は、その年に観た映画の中でNo.1と位置づけるほど、私の人生においてのフェイバリットの一つとなり得た。
それは、あまりにもユニークなストーリーテリングと、主演の松岡茉優が醸し出したある種の「絶対感」が、映画的な奇跡を生み出したのだと思う。
無論、そんな奇跡はそうそう起こり得ることではない。
本作においても、その片鱗のようなものは確実にあったけれど、それらが決してうまく噛み合っていなかった。
映画全体で感じざるを得ないテンポの悪さや、会話シーンの冗長さ、間の悪い“お笑い”シーンの数々が、すべて“ズレ”となり、やがて不協和音となって、映画への没入を妨げているようにも感じた。
おそらくそれらは、本作がお笑い芸人ジャルジャルの福徳秀介が著した小説を原作としていることに起因するのではないかと思う。
私自身、ジャルジャルのネタのファンでもあるので、彼らのコントが織りなす独特な間とテンポによる“笑い”が、唯一無二であることも知っている。
原作は未読なので確かなことは言えないけれど、小説の文体表現の中では(もしくは福徳秀介の頭の中では)、そういったテンポや間が、絶妙に成立して、作品世界を構築しているのだろうと想像できる。
大九明子監督によって、小説世界が映画作品として瑞々しく映し出されていることは確かだろうけれど、テンポや間までもが最適に表現されるような奇跡が生まれなかったということだろう。もしくは、そもそも映画化そのものに避けられないネックを抱えた小説だったのかもしれない。
それでも、本作が垣間見せる奇跡の“片鱗”の一つとして特筆するならば、やはりその筆頭は河合優実だろう。
この1年ほどの間で、河合優実という若き俳優が今最も注目すべき存在であることは確信しているが、本作においても、彼女の存在感そのものが一つの奇跡と呼べることは間違いなかった。
本作中も、河合優実の表情のみを長く映し出すシーンが幾つも存在するが、その仕草、表情の力には、大袈裟ではなく釘付けになる。作り手がそういうカットを思わず入れ込みたくなることにも、強く頷ける。
ストーリー展開に関わらず、ずっとその佇まいを見ていたくなる俳優力は、まさに彼女が今この時代を象徴するミューズである証明だろう。
繰り返しになるが、作品全体を通じて、居心地の悪さや、所在なさを感じ続ける映画であることは否定できない。
ただその“居場所のなさ”は、そのまま本作が終始一貫して伝えるテーマでもあった。
物語のキーパーソンである“さっちゃん”の、長い長い告白シーンが象徴するように、決して綺麗に整理できていない、痛々しくて、滑稽で、だからこそ切なすぎる心情の吐露こそが、良い悪いではなく、この物語の核心であったのだと思う。
人生の中で誰しもが、自分自身の心の中に感じる“疎ましさ”、それを逃げることなく真正面から描き出したこの映画を、やっぱり私は拒否できない。

Information
| タイトル | 今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は |
| 製作年 | 2024年 |
| 製作国 | 日本 |
| 監督 | 大九明子 |
| 脚本 | 大九明子 |
| 撮影 | 中村夏葉 |
| 出演 | 萩原利久 |
| 河合優実 | |
| 伊東蒼 | |
| 黒崎煌代 | |
| 安齋肇 | |
| 浅香航大 | |
| 松本穂香 | |
| 古田新太 | |
| 鑑賞環境 | Web配信(AmazonPrime) |
| 評価 | 7点 |
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