「フランケンシュタイン」“名もなき怪物に注ぐ愛情の1/3でも「人間」に興味を持ってくれたならば……”

2025☆Brand new Movies

評価:  7点

Story

天才だが傲慢な科学者ヴィクター・フランケンシュタインが禁断の実験によって生み出したのは怪物だった。やがて、ヴィクターと悲劇を背負った怪物は破滅への道をたどることに…。 Filmarksより

『フランケンシュタイン』ギレルモ・デル・トロ新作 予告編 - Netflix
ギレルモ・デル・トロが脚本・監督を務める『フランケンシュタイン』は、Netflixで11月7日 (金) より配信スタート。出演はオスカー・アイザック、ジェイコブ・エロルディ、ミア・ゴス、フェリックス・カメラー、チャールズ・ダンス、クリストフ…more

 

Review

“フランケンシュタイン”という呼称が指すものが、天才科学者が生み出してしまった“怪物”のことではなく、科学者本人の名前であることを知ったときは、いささかショッキングだった。(子供の頃に観ていた「怪物くん」の影響が大きいことは明らかだろう)
子供の頃からずいぶん長い間、“フランケンシュタイン=怪物”という認識で生きていたので、最初に「フランケンシュタイン」の映画を観たときは、その恐ろしさと同時に愕然とした記憶がある。
でも、いくつかのフランケンシュタイン映画や、それにまつわる創作物に触れていくほどに、“フランケンシュタイン=怪物”という位置づけは、決して間違いではなかったことに気づく。
原作を読んだことはないけれど、イギリスの小説家、メアリー・シェリーが生み出したゴシック小説が描き出したものは、一人の天才科学者を通じた人間そのものの“傲慢”と、その中枢に巣食う“怪物性”だったのだろうと思う。

ホラー映画史のみならず、映画史全般においても「古典」である「フランケンシュタイン」を、ギレルモ・デル・トロが監督するという情報を知ったときは、問答無用に高揚した。
「パンズ・ラビリンス」「シェイプ・オブ・ウォーター」と、数々の作品で“異形のモノ”を描き、愛し続けてきた現代を代表する鬼才が、新たにクリエイティブする題材として、“フランケンシュタイン”はあまりにも相応しく、むしろそれは逃れられない宿命のようにすら感じた。

今秋のNetflix配信を楽しみにしながら、未見だった1931年のジェームズ・ホエール監督作の「フランケンシュタイン」も鑑賞し、ついに本作の鑑賞に至る。

率直な印象としては、ギレルモ・デル・トロ監督らしい「怪物愛」に溢れた作品だったと思う。
本作の大半を占めていたものは、人間の傲慢と愚かな非人道性の結晶として生み出された“名もなき怪物”に対する慈しみと、深い傾倒であった。

なぜ私は生まれたのか。なぜ私は死ねないのか。なぜ私は孤独なのか──。

映画は構成上、創造主ヴィクター・フランケンシュタインを主眼としたパートと、“怪物”を主眼としたパートに分けられているけれど、作品全体の立ち位置としては、ひたすらに怪物側に寄り添い、その悲哀を語っていた。
その描き方は、やはりこの監督らしいと言え、彼自身の本質として、人間よりもずっと怪物に興味があるのだろうことは明らかだった。

その監督の趣向を象徴するように、本作の“怪物”は過去作の造形と比べて圧倒的に“美しく”、“格好良かった”。もっとはっきり言ってしまえば、本作でジェイコブ・エロルディが演じた“怪物”は、ズバリ“イケメン”だった。
その真の主人公の造形が象徴するように、ギレルモ・デル・トロが生み出した新しいフランケンシュタイン映画は、美しく、そして切ない作品として仕上がっていた。

一つの創作物、そして一つの解釈として、この映画の在り方は間違っていない。
怪物や怪獣、悪魔、古今東西のあらゆるモンスターに傾倒し続け、形が異なり、歪な存在にこそ真の美しさを見出し続けてきたギレルモ・デル・トロ監督のアプローチとしても、本作が描き出した世界観は、ある意味必然だったろうとも思う。

だがしかし、本作の作品としての品質を認める一方で、フランケンシュタインの怪物が、これで良かったのかという疑問符は残る。
1931年版「フランケンシュタイン」を最近観たばかりということの影響も多分にあったのだろうけれど、本作にはスリラー感、そしてホラー感において、圧倒的な物足りなさを感じてしまったことは否めない。
主題である“怪物”の造形美や悲哀が終始先行してしまい、“人間”側の一人として、彼に対する恐怖や畏怖をほとんど感じることができなかったことは、“フランケンシュタイン”映画として致命的な要素だったように思う。

またもう一人の主人公であるヴィクター・フランケンシュタインのキャラクター像には、愛情あふれる怪物像に対して、逆に軽薄さを感じてしまった。
演じるオスカー・アイザックは熱演を見せていたと思うが、マッドサイエンティストとしての造形がやや類型的な印象を受け、前半パートを担う主人公として深みが無かった。
“フランケンシュタイン=怪物”というこの物語の本質的な構図を際立たせるためにも、ヴィクター・フランケンシュタインの造形には、もっと人間としての深みや、彼が孕んだ心の奥底の“闇”を描き出してほしかったと思う。

おそらく、メアリー・シェリーの原作に対して、本作は過去の映画化作品のどれもよりも、その本来の世界観や意図を汲み取った映画作品なのだろう。
そういう意味で、価値ある映画化であったことに異論は無いし、決して鑑賞後の満足度が低いわけではない。

ただただ惜しむらくは、ギレルモ・デル・トロ監督に、“怪物”に注ぐ愛情の半分、いや1/3でもいいので“人間”の造形に注力してくれていたならば……というところ。

 

「フランケンシュタイン」“「悲しき怪物」の原点であり原典が、新時代に通じる悲哀を生む”
今秋(2025年)、新たな「フランケンシュタイン」映画が、ギレルモ・デル・トロ監督によって“生み出される”という報を聞いて、大きな期待感と高揚感を覚えた一方で、そういえばオリジナルの『フランケンシュタイン』は未鑑賞だったと思い、鑑賞。
「シェイプ・オブ・ウォーター」<10点>
なんて醜いんだろう。なんて悍ましいんだろう。なんて妖しいんだろう。そして、なんて美しいんだろう。ファーストカットからラストカットに至るまで、すべてのシーンにおいて、あらゆる形容が感嘆と共に押し寄せてくる。終始一貫して、ギレルモ・デル・トロ監…more

 

Information

タイトル フランケンシュタイン FRANKENSTEIN
製作年 2025年
製作国 アメリカ
監督 ギレルモ・デル・トロ
脚本 ギレルモ・デル・トロ
撮影 ダン・ローストセン
出演 オスカー・アイザック
ジェイコブ・エローディ
ミア・ゴス
クリストフ・ヴァルツ
フェリックス・カマラー
チャールズ・ダンス
ラース・ミケルセン
クリスチャン・コンヴェリー
ニコライ・リー・コス
カイル・ゲイトハウス
ローレン・コリンズ
ソフィア・ガラッソ
ヨアキム・フィェルストロプ
ラルフ・アイネソン
ピーター・ミラード
ピーター・マクニール
バーン・ゴーマン
鑑賞環境 インターネット(字幕・Netflix)
評価 7点

 

Recommended

 

コメント

タイトルとURLをコピーしました