「ジャンゴ 繋がれざる者」<10点>

2013☆Brand new Movies

 

燃え盛る巨大な炎をバックに黒い肌の英雄(ヒーロー)がニカッと笑う。
そこには、ありとあらゆる葛藤を超えた映画的カタルシスが満ち溢れ、「ああ僕は“映画”を観たのだ」という真っ当な満足感に包み込まれた。

この映画を評するにあたり、正直、何をまずピックアップすべきかどうか非常に迷う。
歴史に虐げられた黒人という人種のすべての怨念が凝縮し爆発したようなヒーローの存在感か、確固たる歴史的事実として存在するアメリカ奴隷制度における目を覆いたくなる人間の残虐性か、稀代の映画作家が生み出した個性的なキャラクター達を文句の付けようも無く演じ切っている俳優たちの素晴らしさか。
どの側面から捉えても、この映画の価値は高く、揺るがない。

ただやはり、これがクエンティン・タランティーノの映画である以上、特筆すべきは「会話劇」の妙だと思う。
今なお鎮まるはずもない歴史的な“怒り”を礎にした荒ぶるバイオレンスアクションでありながら、この映画の構造の中心に存在するものは、最初から最後まで、登場人物たちの「言葉」のやり取りだ。
置かれた立場、心に秘めた信条、あらゆる思惑の人間たちの対峙から生まれる会話によって、娯楽性に溢れた緊張と緩和が繰り広げられる。
それはもちろん、デビュー作「レザボア・ドッグス」以来貫き通しているタランティーノのスタイルであり、彼が映画史に残る“脚本家”でもあることの証明に他ならない。

「憎しみは何も生まない」だとか「憎しみの連鎖に終わりはない」ということを描いた映画は今とても多いし、僕自身本当にそう思わなければならないと思う。
しかし、結局そんなのは、本当の憎しみを抱いていない者が言える綺麗事に過ぎないんじゃないかとも思う。
本当に深い憎しみや怒りは、ただ一人のちっぽけな人間の中で断ち切れるようなものではない。
この映画が生んだカタルシスのすべては、詰まるところそういう人間の純粋で荒々しい感情に端を発している。

「裁かれない悪に対して正義の鉄槌を下す!!」
あまりにありふれたそのプロットは、世界中の人々が、映画をはじめとする愛すべき“作り物の世界”に求め、そして唯一許された「復讐」の手段なのかもしれない。

“映画”という娯楽の何が面白いのか、人々が観たい“映画”は何なのか、そういうことを誰よりも良く知っていて、誰よりも追求し続けているクエンティン・タランティーノという映画人の真骨頂。
今、この時代に生きていながら、その彼の最新作を映画館で観ないのは、あまりに勿体ない。

 

「ジャンゴ 繋がれざる者 Django Unchained」
2012年【米】
鑑賞環境:映画館(字幕)
評価:10点

コメント

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