#ドラマ

2025☆Brand new Movies

「F1/エフワン」“今この瞬間に命と金とプライドを賭ける映画人たちの矜持”

映画史を彩ってきたあらゆる「王道」が、映画上のレース展開とは違ってコースから逸脱すること無く、清々しいくらいに堂々と繰り広げられる。そこには、監督と主演俳優をはじめとする製作チームにおける、映画製作に対しての「自信」がみなぎっていたように思えた。
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「ナイトメア・アリー」“下劣な見世物小屋に奥に待ち受ける鏡、そこに映った「怪物」の正体”

「見世物小屋」の記憶が、薄ぼんやりではあるけれど脳裏に残っている。縁日の人だかりの奥に、その即席の小屋は建てられていて、おどろおどろしく、どこか淫靡な雰囲気で描かれた看板を、子どもながらに“遠慮”して遠目で見ていた記憶。
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「国宝」“「人間失格」の先にある狂気と熱狂”

「芸」という、その価値の本質がひどく曖昧で、故に悪魔的な魅力を放ち続けるモノの狂気と、深淵。174分という映画の尺があまりにも短く感じられるほどに、光と闇が濃縮された映画世界に恍惚となり、うまく言葉を紡ぐことができない。
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「ANORA アノーラ」“「対価」を受け取り、それでも彼女は生きていく”

ネオンに彩られたNYの夜の街、セックスワーカーとして生きる“持たざる者”の彼女が、失ってしまったものは何だったろうか。そして、この悲しく、虚しい数日間で、彼女が得たものは何だったのか。
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「教皇選挙」“窓を開き、光と風を通すべき全世界、全人類へのメッセージ”

疑念と確信。人間の歴史、そして信仰の歴史は、常にその狭間で揺れ動き、人間はその“揺らぎ”から抜け出すすべも無く右往左往し続ける。教皇選挙、すなわち“コンクラーベ”を描き出した本作が表したものは、そういう人間の「本質」だったと思う。
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「片思い世界」“美しい三姉妹が織りなす美しい生活と、その理由”

冒頭から映し出される美しい“三姉妹”の「生活」が、ただただ愛おしい。その空間は、「完璧」だと言っていい。ただ、だからこそ、そこには何か言いようのない“違和感”が、映画のはじめから生じていた。
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「HERE 時を越えて」“喜びも、悲しみも、いつもここから”

自分自身、結婚をして、子どもが生まれて、ちょうど10年前に家を建てた。“家”の中で家族で過ごす時間は、あまりにも有り触れていて、普段その価値を見出すことはなかなかできないけれど、最近ふとした瞬間に「ああ、これが幸せというものかもしれないな」と感じることがある。
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「あんのこと」“或る「事実」に対する怒りと悔しさを、歪めずに直視する”

週末深夜、先刻までエンドロールが流れていたテレビの光が消えて、暗い部屋の中で思わず天井を仰いだ。「つらい…つらいな」と、一人何度もつぶやきながら、静かに寝床に就いた。
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「愛にイナズマ」“マスクで隠して演じきる私たちの社会に雷を”

とてもバランスが悪くて、歪で(いびつで)、テーマに対して美しく整えられた映画ではなかった。でも、愛さずにはいられない映画だった。否定的なことを多く綴るかもしれないけれど、まず、私自身はこの映画が「好き」と言っておきたい。
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「フェイブルマンズ」“夢と狂気の世界にまつわる愛と憎しみと、巨匠の矜持”

暗闇を恐れて映画館に足を踏み入れることを嫌がっていた年端もいかない少年が、両親に連れられて観た「地上最大のショウ」に心を奪われることから、フェイブルマン一家の物語は始まる。それは「映画」という“夢と狂気の世界”への入口だったのだろう。
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