「スーパー!」

2012☆Brand new Movies

 

「普通じゃない」映画であることは重々承知していたつもりだったけれど、想定を大いに超越する“トンデモ”映画だった。
同時期に製作された「キック・アス」と殆ど同じプロットだと思っていたが、これはまさに“似て非なるもの”でジャンルとしてもテーマとしても全く「別物」の映画と言っていい。「キック・アス」と同様のカタルシスを得られると思って観てしまうと、とんでもないしっぺ返しを食らうこととなるだろう。実際そうだった。

この映画で描かれているものは、「キック・アス」のようなヒーローをモチーフにしたエンターテイメントでは決してない。
己の人生に絶望し、それを歪んだ正義感に繋ぎ合わせ、悪に対する憎しみを最大限に増幅させてしまった凡人の“狂気”の様だ。
その狂気は、例えるなら「タクシードライバー」のトラヴィスのように果てしなく暴走していく。
主人公の想定外の暴走は、観ている者の心を問答無用にかく乱し、“笑い”を掻き消し、「衝撃」なんて飛び越えて、唖然とさせる。

自ら去った愛する妻の奪還、心のよりどころである神への信心、主人公を突き動かす要因は様々だが、そのすべてはほんの小さなきっかけに過ぎなかったのではないかと思う。
“ヒーロー”の「仮面」を被り、悪の抹殺行為が過剰に加速していく様は、主人公の男がそして人間そのものが元来持ち得る「衝動」が、膨らみ、弾けてしまった結果のように見えた。

あらゆるものを失い、主人公は“一応”目的を果たす。
ラストではそれでも何かが救われたように描かれているけれど、それこそがまさに“フェイク”で、偽物のヒーローが辿り着いた先はやはり「悲劇」だった。

決して爽快感などなく、色々な気持ち悪ささえ覚えるこの映画を支えているのは、優れたキャスティングだと思う。
主演のレイン・ウィルソンは、平凡で愚鈍な中で確実に後戻りできない狂気を増大させていく主人公を見事に演じ切っていた。
ケヴィン・ベーコン、マイケル・ルーカーは、主人公のキャラクター性故にそれほど「極悪非道」には描かれない悪役像を流石の存在感をもって表現していた。主人公の妻役のリヴ・タイラーは、久しぶりに演技を見たが、微妙な立ち位置のキャラクターを好演していたと思う。

ただ、何と言っても衝撃的なのは、エレン・ペイジである。その衝撃は、この映画そのものの衝撃と言っていい。
即席ヒーローと化した主人公に呼応し、相棒役“ボルティ”に扮するリビーを演じた彼女のパフォーマンスは、文字通りに終始“弾けている”。癇癪玉のように突如として弾け、これでもかと弾け続け、ふいに弾けとんで終わる……。
「キック・アス」が“ヒットガール”に扮したクロエ・グレース・モレッツの魅力でその映画的カタルシスを確固たるものにしたように、今作も、“ボルティ”に扮したエレン・ペイジの存在性によって映画の価値を唯一無二のものにしている。
主人公が徐々にその狂気性を高めていくのに対し、リビーはそもそものキャラクター性が暴走的で狂気じみている。
リビーの行動を引き起こしたのは主人公だが、主人公の行為を破滅的に深めたのはリビーであるという絶妙な関係性が、この映画の肝と言っても過言ではない。

その重要な役所を、相変わらずの小さな体で“妙ちきりん”に魅せたエレン・ペイジこそが、この映画の最大の見所と言ってもいいだろう。

前述の通り、決して気分の良い映画ではない。ただ、批判も肯定もとにかく観てみないことには始まらない。

 

「スーパー! Super」
2010年【米】
鑑賞環境:DVD
評価:9点

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