東京プチ一人旅「昔住んでいたところ」

東京まで行って、”ただ昔住んでいたところ”に行くなどという機会は、この先なかなかないだろうと思う。

川崎市の「藤子・F・不二雄ミュージアム」から、

再び郊外のJR線と私鉄をぐるりと乗り継ぎ、“なつかし”の京王線へ。

10年前、京王線沿いに住んでいたので、当然ながらこの私鉄線を最も利用したし、最も馴染み深い。

思うに、東京の各沿線においては、ある程度生活環境や生活水準が統一されるので、

同じ沿線で生活をしているだろう人々には、何となく似た雰囲気を感じる。

同じ電車に乗り合わせた人たちは全くの他人で、話しかけるなんて事もまずないけれど、

少なからずの仲間意識みたいなものを、10年ぶりに乗った田舎者のくせに、勝手に感じた。

上京当時、最もよく聴いていたJUDY AND MARYのベストアルバム「FRESH」を聴きながら、

京王線の千歳烏山駅にたどり着いた。

街の様子や雰囲気は、当時住んでいた頃と変わりなく思えた。

後の予定も詰まっていたので、1時間ほどサクッとぶらついた。

よく行っていたスーパーやラーメン屋の前を通り、

バイトをしていたレンタルビデオ店のところへ行ってみた。

既にその店が閉店してしまったことはネット上の噂で知っていたが、

某全国チェーンのカレー屋になっていた。

3年間住んでいたマンションの前まで行き、3階の一室を見上げた。

特に劇的なことがあった3年間ではなかったけれど、

良いことも、悪いことも、それぞれあって、

今となっては「何もかもみな懐かしい……」と、沖田艦長の台詞を引用したくなった。

最後に、人生で初めてのバイト先だったカフェに入って小休止した。

“名物?”プリモカフェ(アイスコーヒーにソフトクリームが乗っかっている)を飲みつつ、

店内の変わらない雑観を懐かしんだ。

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レンタルビデオ店は無くなっていて、

何故かバイトの僕に時々小遣いをくれたりした雇い主の社長の消息は気になるところだが、

3年間住んだ街は、殆ど変わっておらずとても安心した。

大部分は苦しかったことの方が多い日々だったと思うが、

「住めば都」という言い回しは正しくて、今となってはいいところだったと思う。

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さすがにもう来ることはないのかもしれないなと、プラットホームにさえ名残惜しさを感じながら、

再び京王線の電車に乗った。

つづく。

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