世の中には、勝つか負けるかしかない。
それは実際正しいと思う。
スポーツやビジネス、政治などわりと分かりやすい世界で生きていなくても、
人生の節々で、勝負事は存在する。
重要なことは、それぞれの「勝負」に対して、どういう価値観で臨むかということだと思う。
勝負事である以上、「勝つ」ということ以上に優先される結果はない。
ただし、大前提としてその「勝負事」自体に、自分の価値を見出せるかどうか。
人生の有意義さは、そういう部分に最も表れると思う。
昨夜のボクシングのタイトルマッチで、
11度目の王座防衛を目指した長谷川穂積が、まさかの敗戦を喫した。
勝てば天国、負ければ地獄。
5年間守り続けたチャンピオンの座から陥落した悔しさと悲しさは、計り知れない。
しかし、彼は決してこの結果に対して「後悔」はしてないと思う。
最強の挑戦者に対峙するために、最大限の努力と準備をした。
相手の左フックが自分のアゴを打ちぬく瞬間まで、彼は世界のトップ同士の「勝負事」を楽しんでいた。
「勝利」は最大の目的であるべきだ。
が、もし「敗北」をしたとしても、その結果に対して後悔せずに受け止められるかどうか。
人生で臨むべき勝負事は、そういうものでなければならない。
昨夜のタイトルマッチと並行するように、昨日と今日で一冊の小説を読んだ。
「武士道シックスティーン/誉田哲也」
剣道で青春を駆ける二人の女子高生の話は、人生における勝負事の必然性と求めるべき価値観を爽やかに物語った。
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武士道シックスティーン (文春文庫) (2010/02/10) 誉田 哲也 |
「勝負」に触れることが好きな反面、自分は、人生において勝負事を避けてきた。
それは、負けることの不安、失敗に対する恐れが、勝負をすること自体を凌駕してきたからだと思う。
生きている以上、不安も恐怖もたぶん尽きない。
ただ、それらを二の次に置けるくらいに夢中になれるものが、人生に見出せないとしたら、
その方がよっぽど恐ろしいことだと思う。
そういう、自分にとって揺るがない「勝負事」を早く見つけたい。


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