
正直、ハードルが上がりすぎてしまっていたのかもしれないと思う。
それは、昨年観た「ソーシャル・ネットワーク」で、一つ高みへ登った感を受けたデヴィッド・フィンチャーの最新作であることが最も大きな要素だった。そして、映画の“スタンス”そのものが魅力的な「謎」に彩られたイントロダクションにも、相当に惹き付けられていた。
スウェーデン発の爆発的人気を誇る原作の映画化において、観たことが無い映画世界を見せてくれそうな予感が「期待」を増幅させていた。
決して「駄作」だとは思わない。しかし、「傑作」と呼称するには明らかに何かが足りない。158分という上映時間に“長さ”は感じなかったけれど、流れ始めたエンドロールを見据えながらそういう印象を覚えずにいられなかった。
まず期待に及ばなかったのは、ストーリーの顛末だ。
イントロダクションの段階では、斬新なミステリー展開を期待してしまっていたのだけれど、実際繰り広げられたのは想定外に古典的なミステリー構成だった。
曰く付きの大富豪一族から依頼を受けたジャーナリストの主人公(探偵役)が、一族間に隠された確執を紐解きながら或る「真相」に辿り着く。アガサ・クリスティーか横溝正史のミステリーのような非常に古典的なプロットに、いささか拍子抜けしてしまったことは否めない。
そして、仰々しくミステリーの風呂敷を広げた割には、明かされた「真相」は“ありきたり”の範疇を出ず、著しく驚きに欠けていたと思う。
また、主人公二人を始めとするキャラクター描写にも物足りなさを感じた。
ダニエル・クレイグとルーニー・マーラの主人公コンビが醸し出す雰囲気は非常に良く、ポスターから滲み出る二人の空気感だけで、この映画に対する言葉にならない期待感が膨らんだと言っても過言ではない。
実際、彼らは演技的にもとても“頑張っていた”と思う。ただそれが、そのまま「もの凄く良い演技」という印象には直結しなかった。
それはやはり、キャラクター描写そのもの薄さにあると思う。彼らのバックボーンを含めた人物描写が希薄なので、それぞれの行動原理に理解が及ばず、すんなりと感情移入出来なかったことが致命的だったと思う。
特に、ルーニー・マーラが文字通り“体を張って”熱演したリスベットというキャラクターは、その風貌から言動まですべてがエキセントリックで印象的だったけれど、彼女が現在に至る経緯や成長過程があまりに明確にされないので、人間味を感じることが出来なかった。
ルーニー・マーラは、「ソーシャル・ネットワーク」の冒頭で登場する主人公の元カノ役と同一人物とはとても思えない変貌ぶりで、見事な役づくりとそれに伴うパフォーマンスを見せたと思うが、そういう人物描写の薄さからキャラクターとして「好き」になるには至らず、単なるエキセントリックガールに映ってしまったことは残念だ。
そして何よりも不満だったのは、全体的にデヴィッド・フィンチャー監督の画面に対する拘りに軽薄さを感じてしまったことだ。
オープニングタイトルの何とも形容し難い不思議な映像世界こそ惹き付けられたが、思い返してパッと浮かび上がるような印象的なシーンが殆どない。
全編通してしっかりと作られていることは分かるが、何かしらの「特別感」がこの映画世界からは伝わってこなかった。
エピローグの顛末と主人公二人の関係性も何となく微妙に結してしまったように思えて、“もやもや感”が最後まで払拭されなかった。
今作は三部作の原作の第一章であり、映画としても三部作構成で企画されている。今作で乗り切れなかった分、続編での挽回に改めて期待したい。
それにしても、あの“モザイク”は酷い。「20年前のAVかよ」と思わず突っ込みを入れたくなり、大いに興が冷めてしまった。無名女優が己の未来を切り開こうと、体を張って熱い演技を見せているのだから、そのあたりをちゃんと汲んだ映像処理をしてほしい……。
「ドラゴン・タトゥーの女 THE GIRL WITH THE DRAGON TATTOO」
2011年【米・スウェーデン・英・独】
鑑賞環境:映画館
評価:5点


コメント