2025☆Brand new Movies

2025☆Brand new Movies

「M3GAN/ミーガン」“新たなホラーアイコンの起動と強制終了”

多くの子どもは、幼少期に人形を話し相手として自我を育てる。そしてある時は、孤独を感じる子どもたちを癒す存在にもなるだろう。ただしそれは、“何も話さない人形”を通じて、自分自身を投影し、「自分」という存在を知っていく過程で成立するものなのだと思う。
2025☆Brand new Movies

「国宝」“「人間失格」の先にある狂気と熱狂”

「芸」という、その価値の本質がひどく曖昧で、故に悪魔的な魅力を放ち続けるモノの狂気と、深淵。174分という映画の尺があまりにも短く感じられるほどに、光と闇が濃縮された映画世界に恍惚となり、うまく言葉を紡ぐことができない。
2025☆Brand new Movies

「フランケンシュタイン」“「悲しき怪物」の原点であり原典が、新時代に通じる悲哀を生む”

今秋(2025年)、新たな「フランケンシュタイン」映画が、ギレルモ・デル・トロ監督によって“生み出される”という報を聞いて、大きな期待感と高揚感を覚えた一方で、そういえばオリジナルの『フランケンシュタイン』は未鑑賞だったと思い、鑑賞。
スポンサーリンク
2025☆Brand new Movies

「ANORA アノーラ」“「対価」を受け取り、それでも彼女は生きていく”

ネオンに彩られたNYの夜の街、セックスワーカーとして生きる“持たざる者”の彼女が、失ってしまったものは何だったろうか。そして、この悲しく、虚しい数日間で、彼女が得たものは何だったのか。
2025☆Brand new Movies

「キャプテン・アメリカ:ブレイブ・ニュー・ワールド」“MCUが提示した今この世界に必要な新たなヒーロー像”

圧倒的な強者と対峙し、重すぎる「職責」を背負ったニューヒーローが、敵を倒すのではなく、“対話”で事態を収める——。その姿は、派手さや超人性とは無縁でありながら、むしろ今この時代にこそ必要とされるヒーロー像に思えた。
2025☆Brand new Movies

「ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング」“彼はこれからも「映画」で「世界」を救い続ける──と信じたい”

すべての過去作を振り返った上で、満を持して劇場鑑賞をしてから既に10日あまりが過ぎている。なかなかこのレビューに手を付けられなかった要因は様々だ。シリーズ全体に対する収まらぬ高揚感、30年間にわたりリアルタイムで追い続けた感慨深さ、そして決して小さくはない失望と惜別───。
2025☆Brand new Movies

「教皇選挙」“窓を開き、光と風を通すべき全世界、全人類へのメッセージ”

疑念と確信。人間の歴史、そして信仰の歴史は、常にその狭間で揺れ動き、人間はその“揺らぎ”から抜け出すすべも無く右往左往し続ける。教皇選挙、すなわち“コンクラーベ”を描き出した本作が表したものは、そういう人間の「本質」だったと思う。
2025☆Brand new Movies

「サンダーボルツ*」“自らの「闇」に踏み込み、共有し、彼らは「光」を追い求める”

フェーズ5の最終作として公開された本作「サンダーボルツ*」を、それでも封切り早々に観に行った要因は、本作自体への期待感と、それを皮切りとしたMCU自体の逆襲への期待感がふつふつと湧いてきたからに他ならない。
2025☆Brand new Movies

「マッシブ・タレント」“独自のジャンルを深めるあるハリウッドスターの中毒性”

本作は、究極の“ニコラス・ケイジ映画”であり、唯一無二のハリウッドスターである彼の矜持と魅力が詰まり、溢れ、爆発している。そんな熱狂的な娯楽映画であった。
2025☆Brand new Movies

「マインクラフト/ザ・ムービー」“ゲーム世界に生じた看過できないデカいバグ(ハリウッドスター)”

“ゲーム”というものに対してどのように関わってきたかによって、『マインクラフト』の世界にのめり込むかどうかできるかどうかの“線引”があるように思えた。そして、その境界線は、この映画化作品にもおいても明確に存在していたと感じる。
スポンサーリンク
タイトルとURLをコピーしました