さらに陣痛の間隔が短くなってきた愛妻と二人で過ごす分娩室。
壁掛けの時計を見た。
時間は朝の8時を迎えようとしていた。いつもであれば出勤する時間だ。
陣痛が治まるタイミングを見計らって、上司に電話をかけた。
状況を伝え、「午後には出勤出来る」と伝えた。
正午になってもお産にならない可能性も、覚悟もあったのだが、
何となくお昼前までには産まれるだろという予感があった。
予感は微妙に外れた。
午前8時半、助産師がやってきて診察をした。
すると、少し驚いたような声で「子宮口全開したね」と伝えてきた。
もう1時間ほどで産まれるので、いきんで大丈夫とのこと。
陣痛時にいきめるようになると、我慢我慢のそれまでよりも随分と楽になったようで、愛妻は苦悶の表情を幾分解いていた。
ベテラン助産師の助手みたいな新米助産師も加わり、最終的な準備が進んでいく。
新米助産師は、ベテラン助産師にことあるごとに怒られていた。
道具の準備が出来ていないと怒られ、不要物が片付けられていないと怒られていた。
その様子を愛妻と二人で「大変だなー」と思いながら見ていた。
そろそろビデオでも回しておくかと、カメラを構え、いきむ愛妻と、並行して進む準備の様子を撮り始めた。
愛妻は“いきみ方”が上手だったようで、新米助産師の一挙手一投足に対して常に怒っているベテラン助産師が、愛妻に対しては「すごく上手!」とやたらに褒めていた。
これも妊婦の気持ちを盛り上げるテクニックなんだろうな~と思っていた。
陣痛がくる→愛妻がいきむ→ベテラン助産師が褒める→新米助産師が怒られる、というターンを数回繰り返した。
すると、今度は新米助産師がベテラン助産師と並ぶように愛妻の股の間に入った。
そして、子宮口あたりに手を入れ、ベテラン助産師から激しい指導を受け始めた。
やはりこういう実際の現場で指導を受けなければならないことも多いのだろうなと、むしろ興味深くその様子を撮影していた。
ベテラン助産師の指導のトーンがどんどん高くなっていくにつれ、新米助産師の緊張感が高まっているのが分かった。
「まあせっかくだからしっかり勉強してくれたまへ」と上から目線で暢気に思った。
いつの間にか看護士の人数も増え、わらわらと準備にいそしんでいた。
すると、どこからか現れた女性医師がメスを持ち、滑り込むように助産師の間に入り込み、2秒で切開した。
相変わらず、ベテラン助産師は新米助産師の手元を凝視しながら激しい指導を繰り返している。
突然、「頭、出たよ!」とベテラン助産師が言い放った。
「ええっっっ!」と、思った。
愛妻はさらにぐうっと力を絞り出すようにいきんだ。
“頭”らしい黒い丸みが見えた。すぐに明らかな“手”が見えた。
瞬間、涙が滲んだ。しかし、それが流れ出る暇もなく、するりと“産まれた”。
愛妻は途端にすっきりとした顔をして、そのまんま「あーすっきりした」と言った。
感極まるのを飛び越えて、笑えた。
一気に和んだその空間の雰囲気が、すべてがうまくいったことを表していた。
ベテラン助産師も緊張を解き、「超安産」と太鼓判を押して笑っていた。
ようやくめぐり会えた我が子が、愛妻の胸元に運ばれ、確かに息づいている。
「ほんとうに生まれたんだ」と、放心した。
我が子はふぎゃふぎゃと産声を上げている。愛妻はそれを見て微笑んでいる。
尊敬とか感謝とか安心とか、色々な感情が入り交じりつつ、愛妻の額にキスをした。
そんなわけで、気合いを入れて臨んだ“その時”は、産院に着いてからたった4時間でめでたく終了した。
曇り空からは少し晴れ間が見え始めていた。
翌日、梅雨は明け、新しい夏を迎えた。
すべてが終わり、すべてが始まった七夕の日。
コメント
SECRET: 0
PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
“あい”って誰かと思った!
遅くとも8月には新居に押し掛けますので、よろしく!
SECRET: 0
PASS: 74be16979710d4c4e7c6647856088456
おめでとうございます(*^^*)
ブログ読んでて自分の中で起こったことのような錯角になりました(^-^)七夕生まれの娘さんにお会いできるのを王子共々楽しみにしてます(^-^)