「ゴーン・ガール」<9点>

2014☆Brand new Movies

 

「怖えぇ…」
苦笑いを引きつらせつつ、そう思わず呟いてエンドロールを迎えた。
この“恐怖”は、必ずしも或る登場人物の狂気的な行為にのみ向けられたものではない。もっと普遍的な恐ろしさ、それこそ世界中の人々がその身を置いている一つの関係性が持つ恐ろしさに、身の毛がよだった。

(これ以上はネタバレ無しではとても語りきれないのでご注意)

映画は、“妻”が突如として失踪した“夫”の“戸惑い”から始まる。その“戸惑い”の描き出し方が先ず巧い。
殺人か、誘拐か、それとも……、あらゆる可能性を秘めたストーリーテリングの中で、夫を含めたすべての人物が怪しく見えてくる。
夫を演じるのはベン・アフレック。愚鈍さと狡猾さが次々に見え隠れするこの曰くつきのスター俳優の配役は、まさにベストキャスティングだったろう。
今作は基本的には彼の視線から描かれるわけだが、彼自身の人物像が結局最後まで掴みきれないので、観客は終始絶妙な不安定を強いられる。

そして、妻役のロザムンド・パイクが物凄い。
近年では「アウトロー」や「ワールズ・エンド」のヒロイン役も記憶に新しいが、殆ど無名に近いこの女優のパフォーマンスには、度肝を抜かれた。
一人の女が持つ明確な多面性と狂気。その様はもはや悪魔的であり、登場人物たちも観客も「どうしようもない」と諦めるしかなくなってくる。
キャラクターとして凄いのは、決して恐怖の対象として留まっているわけではないということだ。狂気が顔を出すまでの彼女は、間違いなく美しく、魅力的だ。馬鹿な男が次々に惚れてしまうのも無理はない。そして、狂気がさらけ出された後でさえ、この女はどこかキュートで虜にされてしまうに値する魅力を携えている。
その様は、やはり「悪魔」と形容するに相応しいかもしれない。

恐怖と狂気に溢れたサスペンスとして、それだけでも充分に完成度は高い。ただこの映画が最終的に行き着く先はそういう類いのことではなかった。
上質なサスペンスに彩られて終に描き出されたのは、「○○」というあまりに普遍的な“形式”が孕む“恐ろしさ”。
笑いが相応しい映画ではないはずだが、この映画には随所に滑稽さが内包されている。ある意味でこの映画は、テーマとなるその“形式”を極めてショッキングに誇張した“コメディ”なのではないかとすら思えてくる。
そして、この映画は恐怖の先に、それに支配されることによるある種の“悦楽”さえも描き出し、その“悦楽”こそが「○○」という形式の到達点だと物語っているようだった。

男と女。その二種類の人間という生物が関わりあうことで生まれるおぞましさにも似た恐怖と、呆れてしまうほどの滑稽さ。本来相反すると思われるそれらの要素が絡み合うとてもとても濃ゆい映画だった。
デヴィッド・フィンチャー監督は、また一つ高みに登ったと言えるだろう。

実は、僕自身が「○○」をしてちょうど5年目。問題はないつもりだけれど、その慢心こそが、この映画で描かれている「恐怖」に直結するような気がして、思わず震えてしまった。
そうして、夜遅くまで映画を観て帰り、冷蔵庫に残された妻が作ったエビチリを食べながら、また震えた。

 

「ゴーン・ガール Gone Girl」
2014年【米】
鑑賞環境:映画館(字幕)
評価:9点

予告編

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