このアメコミ映画の最新作は、“キャプテン・アメリカ”というむしろ「古典的」とも言えるヒーローのキャラクター性が持つ、映画的マジックを存分に引き出した幸福な“PART2”だ。
前作「ザ・ファースト・アベンジャー」は、そのタイトルからも表れている通り、当時公開間近だった超大作「アベンジャーズ」の布石であり前日譚である要素が強く、単体としては娯楽映画の魅力に欠けていたことは否めなかった。
ただそれは仕方が無いことで、第二次世界大戦当時に文字通り「実験的」に生み出されたスーパーヒーローなのだから、時代的にもそれに伴う精神的にも、描き出されるべき“アクション”の幅にはそもそも限界があった。
「前日譚」と割り切っている以上、この映画のあり方はまったく問題なかったと今となっては思うし、「アベンジャーズ」でのキャプテンの存在感を目の当たりにした後では、この一連のマーベル作品シリーズの中でも極めて重要な作品だと思える。
そうして、再びマーベルの“大祭”第二弾を控え、満を持しての続編。
前作と同様に「アベンジャーズ」に向かうための布石、前振り的な要素は大いにある。
しかし、今作は前作と比較すると圧倒的に主人公キャプテン・アメリカのキャラクター性が完成している。
キャプテン・アメリカが“アベンジャーズ”の中で最も「地味」なキャラクターであることは言うまでもない。
純粋な戦闘能力としてのタイマンなら、ソー(神)は勿論のこと、アイアンマンやハルクの足元にも及ばないだろう。
ただそれでもチームのリーダーは、“キャプテン”を置いて他にいない。
それは、彼の最大のストロングポイントが、決して人体実験で生み出された超人的パワーなどではないからだ。
キャプテン・アメリカとなる前の一兵卒スティーブ・ロジャーズ本人が持つ揺るがない「正義感」こそが、このスーパーヒーローの最大のストロングポイントであり唯一無二の武器なのだ。
そのキャラクター性は、あまりに理想主義的で、あまりに青臭い。
でも誰も彼のことを否定などできない。
エネルギー破など出せず、飛ぶことも出来ない。
けれども決してひるむことなく、ひたすらに走り、ひたすらに盾を投げつけ、ひたすらに投げた盾を拾い、ひたすらに敵を叩く。
その姿を見て、どのヒーローも本質的な部分において「彼には敵わない」と思うのだろう。
勿論、弱みを突かれてのピンチには事欠かない。
ただしいつも彼には強力な仲間がいる。
真面目さが仇になるとあらば、ブラック・ウィドウが世渡りと危険回避の巧みさでフォローするし(あとガールフレンドの斡旋も)、空が飛べないとあらば、新戦力ファルコンが翼を与える。
自らが勝利する必要はない。結果として正義が悪に打ち勝てばそれでいい。
それが、キャプテン・アメリカというヒーローなのだ。
そういうことを、きっちりと“生真面目”に映し出すこの映画が面白くないわけがない。
「キャプテン・アメリカ/ウィンター・ソルジャー CAPTAIN AMERICA: THE WINTER SOLDIER」
2014年【米】
鑑賞環境:映画館(字幕)
評価:9点
コメント
広島、長崎への原爆投下を今も謝罪しないアメリカに、反アメリカ感情を今こそ噴出せよ。 アメりカの洗脳広告代理店である電通を使った、テレビ、新聞、週刊誌、ラジオに洗脳報道され続ける日本人は、自分自身の脳、すなわち思考そのものを点検せよ! 我々はハッ、と気付いて用心し、注意し、警戒すれば騙されることはない。 すべてを疑うべきなのだ!