「グランド・マスター」<7点>

2013☆Brand new Movies

 

久しぶりにウォン・カーウァイの映画を観て、自分がこの人の映画に惚れていたことを思い出す。
6年前に前作「マイ・ブルーベリー・ナイツ」を観たときも、同じような思いをしたような気がする。
近年決して多作ではない映画監督なので、映画を観始めてしばらくして、描き出される映画世界の特異な空気感に「おや?」となり、「ああそうか、これがウォン・カーウァイだ」と記憶が呼び起こされる。

誰もが楽しめ、受け入れられる類いの作風ではないことは明らか。
時に酷く散文的で、ビジュアル的な美しさが強調される世界観を嫌う人は多いと思う。
この映画にしても、ストーリー的にはあまりにまとまりがなく、「結局何の話なんだ?」と主題がぼやけて見えることは否めない。
詰まるところ、激動の時代における、伝説の武術家イップ・マン(葉問)をはじめとするカンフーマスターたちのそれぞれの人生模様を描いた作品なわけだが、「伝記映画」と謳っている故か、超人的なカンフーマスターたちがドラマティックに絡んでいくように見えて、実は直接的な絡みは殆どない。
アンフェアというよりも“嘘つき”な予告編に騙されて、“カンフー映画”としてのエンターテイメント性を期待してしまうと、きっと肩透かしを食らう。

ただし、十数年前に「恋する惑星」を観て以来、この映画監督の作品に惚れてしまっている者としては、映画全体からほとばしるその「美意識」だけで、諸々の否定的要素は霧散してしまう。

ハット姿のトニー・レオンが土砂降りを切り裂くように敵を蹴散らす。薄い化粧(けわい)が秀麗なチャン・ツィイーが降雪の中で強く美しく舞う。

ビジュアル的な「美意識」だけが先行してしまっている映画という評は間違ってはいまい。しかし、その「美意識」だけで充分だとも言える。
キャラクター同士を無理矢理に絡めなくとも、もっととことんまでそれぞれのキャラクターを掘り下げてくれたなら、とんでもない映画になっていたとは思う。
が、ウォン・カーウァイがカンフー映画を撮るというのはこういうことなのだ。と、“余白”だらけの映画世界を理解してもらうしかない。

補足だが、昔からブルース・リーやジャッキー・チェンの映画を観る度に、そこいらの店の従業員が揃いも揃ってカンフーの使い手であることに「違和感」を覚えていたが、今作を観てその違和感は幾分解消した。
あの時代の香港では、生きる場所にあぶれた武術家たちが、飲食店や理髪店等の“食いぶち”を持ちつつ流派を構築していたということなのだろう。
カンフー映画の造詣ももう少し深めたいと思う。

兎にも角にも、映画自体の完成度はともかく、大好きな監督の最新作を久しぶりに観られたことの満足度は高い。
ああ、「恋する惑星」と「花様年華」が無性に観たくなった。

 

「グランド・マスター The Grandmaster(一代宗師)」
2013年【香・中】
鑑賞環境:映画館(字幕)
評価:7点

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