男にとって、「母親」という存在は、誰にも共通に特別だ。
そして、その存在を失ってしまうことの衝撃の大きさは、人生において、とてつもないものだ。
自分は、幸運なことにまだそれを経験していないが、
それは、最強のボクサーにおいても同じことだったろうと思う。
今夜、長谷川穂積が「王者」に返り咲いた。
一ヶ月前に最愛の母を亡くし、「負けられない試合」は、更に「負けられない試合」になった。
“飛び級”した上での二階級制覇を狙った一戦。
そこに今年の春まで“絶対王者”として君臨した長谷川の姿は無かった。
あったのは、「王者」のプライドとスタイルを捨て、一人の“ボクサー”としての「意地」のみで、
ひたすらに“KO勝利”を狙い続けた荒々しい姿だった。
白刃を踏むような攻防は、まともに見ていられないと同時に、荒削りの「原石」を見ているようだった。
それでも長谷川穂積は、12Rを戦いきり、完全に勝利した。
ボクシングのことは詳しくないが、おそらく長谷川が以前の“スタイル”を通せば、もっと楽に勝てたのだろうと思う。
ただ、「王者」から陥落し、そのタイミングで最愛の人を亡くしてしまったこのボクサーは、意識的にか無意識か、そうしたくなかったのではないかと思う。
階級を二階級も上げ、これまでの戦法が簡単には通用しない相手に対峙し、
自分が築き上げてきたスタイルを一度捨て去って、ただ一人のボクサーとして「勝利」をもぎ取りたかったのではないか。
そういうことを、今夜の12Rで感じずにはいられなかった。
結果、“KO勝利”は成らず、かつての長谷川穂積とくらべれば、あまりに無様な勝利だった。
が、ボクシングの試合を見て、一人のボクサーの「勝利」にこんなに感動したことは、自分の人生において初めてのことだ。
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