「胃」を見た。
外科医以外であれば、レクター博士なみのよっぽど猟奇的な人でない限り、人間の臓器を直視することはなかなかない。
机の上に何気なく置かれたプラスチックのケースに入った胃は、思っていたよりも大きく、“びろん”と広がっていた。
“主役”である「癌」の箇所を見せてもらったが、拍子抜けする程に、ただ小さく収縮してへこんでいるだけで、素人目には執刀医の先生がボールペンの先で指し示してくれるまでどれがそうなのか全く分からなかった。
(なんとなく悪の巣窟みたいな黒い塊をイメージしていたのだけれど…)
おかげさまで、父親の手術(胃全摘出)は、先日滞りなく成功した。
手術は4時間あまりにおよび、その間病室で待っていた時はさすがに薄く確実に広がる「不安」をぬぐい去れなかったが、執刀医によるとほとんど何の問題もなくすんなりと完遂したらしい。
特に問題ない手術が普通に4時間にも及ぶことに少々驚いた。
それ以上の手術を、毎日毎日繰り返す外科医の体力と精神構造はどうなっているのか。想像がつかない。
麻酔から覚めた手術直後(ほんとに30分後くらい)は、さすがに痛みから発する熱や、疼き(うずき)に苦しんで、軽くのたうっていた父親だったが、看護士さんに言わせると、手術直後にそれだけ体を動かせること自体がスゴイことらしかった。
看護士さんの見立ては正しく、父親は、翌日には「普通」の入院患者みたいに歩いていた。
リハビリもびっちり予定されていたらしいが、一回リハビリの担当医が来て「もう必要ないですね」と帰っていった。
腹を切って、胃をすべて取り除くという大きな手術をしたにも関わらず、24時間後のこの快復ぶりには、単純に医学の進歩というものを感じずにはいられない。
とは言っても、胃が完全に無くなってしまったわけで、しばらくはまともな食事は不可能で、それが相当に苦しいのだろうが、まあそれは仕方がない。何せ胃が無いのだから。
とにもかくにも、一安心だ。
安直だが、シンプルに「良かった」と思う。ほんとうに、そう思う。
心配してくれた人、祈ってくれた人、特に何もしてくれなかった人、すべての人と、この世界に、感謝したい。
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