「コクリコ坂から」

2011☆Brand new Movies

 

「まるで安いメロドラマだ」と自分たちに与えられた境遇に対して、少年が言う。
“恋”が芽生え始めた少年少女の間に生じた「出生の秘密」は、使い古されたプロットでまさに少年の台詞がふさわしい。
しかし、彼らはその事実に対して、決して安易な悲劇に浸らない。悲しみや困難から目をそらさず、自分の感情に対してまっすぐに立ち、乗り越え、その先を歩んでいく。

その自分の人生に対する力強いスタンスは、主人公の二人に限ったことではなく、この映画に登場するほとんどすべてのキャラクターから見て取れる。
1963年という時代背景の中で生きる人々。もちろん、幸福も不幸もある。しかし、そこには現代社会のような閉塞感はなく、幸福だろうが不幸だろうが、自分の意志で前を向いて生きていかなければならないという力強さと希望が溢れている。
そういう生き生きとした人間模様こそが、この映画の最たる魅力だったと思う。

すなわち、このアニメ映画は相当に素晴らしい作品だったと断言する。

“巨匠宮崎駿の息子”の監督作品第二弾。5年前の処女作に対する反響を考慮してか、この映画に対するプロモーション費は明らかにカットされていた。
受動的な映画情報をほとんど得られないまま鑑賞に至った。数十年前の日本を描いた物語であるということは知っていたが、その世界がファンタジーなのかラブストーリーなのかまったく判別つかぬまま、スクリーンの前で上映を待った。

映画は主人公の少女の「日常」の朝の風景から始まる。
横に眠る妹を起こさないように静かに目覚め、米を炊き朝食の準備を進める。そして、庭の信号旗を海に向けて掲げる。
家族や下宿人たちと何気ない言葉を交わしつつ、朝食を食べ、学校に行く。
何が巻き起こるわけではない。1963年の普通の日常だ。

主人公の少女の境遇や周囲の人間の人物像を捉えても、特別に劇的なことは何もない。
それなのに、次第に彼女をはじめとするキャラクターたちの言動に惹かれていく。
彼らがどう言葉を放ち、どう動き、どう「日常」を生きていくのかということに引き込まれていく。

それは、この映画が人間の一人一人をとても丁寧に描き、彼らが生きている「時代」をありありと切り取っているからだと思う。
そこにはあざとく説明的な台詞や描写は存在しない。時に時代背景や当時の社会風俗の知識が無いと分かり辛い部分もある。しかし、そういったものは、彼らが生きている様を見ているうちに自然と解消してくる。
そうして、気がつくとどっぷりと主人公たちの感情に移入している。

アニメーションも当然ながら素晴らしい。物語の一つの軸として“カルチェラタン”という古い学生会館が存在するが、その描写が素晴らしかった。
実際はそう大きい建物ではないだろう古い洋館を、個性的な学生たちがひしめき合う一旦入れば抜け出せない“ラビリンス”の如く描き、映画の核として確固たる存在感を放っていた。
この作品が、アニメ映画である必要性、スタジオジブリが創作することの意義をこの洋館が表していたと思う。

とても丁寧ではあるが、決して大衆に安直な迎合はしない潔さと、映画表現の巧さがこの映画には溢れている。
“巨匠”の後ろ盾はもちろんあったのだろうが、宮崎吾朗監督はクリエイターとしての面目躍如を見事に果たしたと思う。

作品の性質上、なかなか万人向けとは言えない映画であり、特に子どもが見ても面白さは分からないかもしれない。
ただ、かつて「耳をすませば」や「おもひでぽろぽろ」が、歳を重ねるにつれ面白味が溢れてきたように、長い年月において自分が成長していく中で、理解が深まり初見時とは違った感動が膨らむ映画だと思う。

だからこそ、年代問わずいろいろな人に見てほしい素晴らしいアニメ映画だと言いたい。

 

「コクリコ坂から」
2011年【日】
鑑賞環境:映画館
評価:9点

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